バッタを倒しにアフリカへ(前野 ウルド 浩太郎)

Book

スポンサーリンク

虫取り網を持ったバッタが表紙の怪しい本

原始人なのかバッタなのかよくわからない衣装を着た男性が表紙を飾る本書は一見、タイトルも相まって謎の怪しい人が書いた本かなと思い、なかなか読む気にはならなかった。しかし、Amazonでは評価もそこそこ高く、なかなか強烈な表紙のことが忘れられず読んでみることにした。
 
実際読んでみると全く怪しい本ではなく、バッタの研究者がアフリカに渡り何年間もバッタの生態系についてフィールドワークを通して研究をした記録が綴られている。安定したポストが得られなかったポスドクの孤独な生態を何年にもわたり追跡した本と言ったほうが正確かもしれない。ブログのIDも”男前の”とシャレが効いている。
 
 

ポスドクの戦い

ポスドクが王道である研究機関から抜け出てフィールドワークのみで研究をしていくと言うのは非常にリスキーに思えるが、本書はアフリカでの数年間を面白おかしく描いており、研究者の世界に触れることがない人にはとても新鮮だろう。一方で、激しいポスト獲得競争にさらされる日本人の研究者の厳しい現実を垣間見ているような気にもなる。
 
本書の著者である、前野ウルド浩太郎氏は最初はハーフかかと思ったが、純粋な日本人である。日本の大学を卒業した後、日本の大学で博士号を取り、その後、いわゆるポスドクと言うポジションになった。科学技術予算が絞られる日本では、ポスドクと言う人種は、生涯働けるポストを得るために大変な努力を強いられる。ポスドクに与えられる立場は通常期限付きで、限られた任期と研究費の中で自分の研究成果を世の中にアピールしそして次のポストあるいは安定したポストを得なくてはならない。
 
前野氏はもともとサバクトビバッタと言うアフリカのバッタの研究者である。このサバクトビバッタはアフリカで大発生し東京都を埋め尽くすほどの広い面積の植物と言う植物を食い荒らしアフリカに深刻な食料問題をもたらす虫である。このバッタの研究のために、また、自分の安定したポストを将来得るために、アフリカに研究者として赴き、何年間にもわたりフィールドワークを行った記録が本書の内容である。
 

トンデモなアフリカの暮らし

アフリカで暮らすという事は、日本でずっと暮らしてきた人には到底想像がつかないような世界なのだろう。著者が訪れたのはモーリタニアというアフリカの西海岸に面した国で、広さは日本の3倍ほどあるような国だ。その広い国のバッタをたった100人で監視・駆除する研究所に住み込んで研究をされていたようだ。
 
虫なんて気味悪くてなかなか近づきたくないのが現代の日本人だとは思うが、筆者はさすがの虫研究者、と言うべきか、虫を見ると喜んだ顔で駆け寄っていくようなタイプのようだ。いわば、昆虫版のさかなクンさんである。バッタに関する研究の成果を上げるため、見渡すかぎりのサハラ砂漠の荒野を駆け巡るエピソードを数多く垣間見ながら、その時々で日本では考えられないような体験談が盛り込まれていて、虫に興味がない私たちも楽しめる内容となっている。
 
もう一つの興味深い点は、普段なかなか接することのないようなモーリタニアと言うアフリカの1つの国の人々の暮らしや様子を垣間見ることができるだろう。入国の時から散々拘留された挙句、賄賂がない腹いせに持ってきたお酒を押収されてしまうと言うような悲劇に出会ったところから筆者モーリタニア生活が始まる。その上、研究を手伝ってくれる同僚をわずかな研究費から割高な報酬で雇うことになり、研究費をどんどんと減らしてしまう様子は胸が痛む。モーリタニアはイスラムの国であり文化は日本と全く異なるようだがその中でたくましく順応して生活していく筆者は崖っぷちのポスドクながら頼もしい限りである。皮肉交じりに、筆者いわく、最底辺にいるような生活をすると、幸せのハードルが下がるらしい。筆者のミドルネームになっているウルドと言う姓に関してはどうもモーリタニアでは誰それの息子と言うような栄誉あるミドルネームであるらしく、そのミドルネームが授けられた経緯も本書には書いてあった。
 

首の皮一枚でポジションをつなげた行動力

本書の終盤で筆者は2年間のポスドクの期限を終えて再び無職生活へと突入してしまう。そんな中で様々な方面で自分の名を売り、何とかして研究を続けることができるようにと奔走する姿も、インフルエンサーの価値が増している現代のようで面白い。
 
様々な活動の甲斐もあってか、その熱意が認められたおかげなのか、筆者はその後日本の研究機関での立場と奨学金を得ることもできて研究は無事に続いているようである。
 
ところで、筆者の業績のウェブサイトを見てみるとキャッチーな文章からはあまり想像ができなかった位、数多くの論文も出しており、基本的には真面目なバッタ一筋の研究者だと言う事はよくわかる。
 
崖っぷちに立たされたポスドクがどのようにして生き延びるのか、その生態を暴く本書はぜひ研究者を目指す方々には手に取っていただきたい。

コメント