われわれ対彼ら(us vs. them)
ユーラシアグループ代表で国際情勢に非常に鋭い視点を持っているIan Bremmer氏の最新の著作。本書は近年台頭するポピュリズムを大きく取り上げている。2016年の大統領選でのドナルド・トランプがアメリカ国内の対立構造をうまく煽って選挙戦に利用したように、世界各地でポピュリスト政党の台頭が目立つようになった。
彼らは語りかけている相手について、重要なことを知っている。彼らは、大勢の人間が、「グローバリズム」と「グローバル化」が期待はずれであったと感じていることを知っているのだ。
リーダーたらんとする彼らは、人々の間に境界線を引く能力に長けている。立派な市民たちが自らの権利をかけて既得権者や貪欲な泥棒と闘うという、「われわれ対彼ら(us vs. them)」という訴求力のある図式を示す。
経済理論でいえばグローバル化は経済規模を拡大して成長にはアクセルになるものとして認識されているが、グローバル化で恩恵を被る人間は一部の人間に過ぎない。グローバル企業の台頭と共に一部の層はより裕福になったが恩恵を受けられなかった人々は相対的に貧困になった。
アメリカでは所得格差を示すジニ係数が年々上昇している。元々ジニ係数が高かったアメリカだが、その値は42まで上昇している。米国の所得下位50%の国民の総資産はたった2.5%しか無い。ここまで格差が広がったのは1920年代の頃以来のことだそうだ。
(World Bankより)
ポピュリストのリーダーはこの成長に置き去りにされてしまった人々をうまく煽動する。彼らが打ち出す対立構造こそが us vs. themだ。
著者であるIan Bremmer氏はグローバリスト的な立場にいながら、グローバル化というものに対して常に冷めた視点を持った人物のように考えている。実際に本書の中でもグローバル化が必ずしも国民に広く歓迎されていない状況からもポピュリストが台頭することを自然な流れのように捉えている。
ポピュリズムの弊害
「こんな世の中じゃ、ポピュリズムに傾くのも仕方ないよね」というような主張の一方で、ポピュリズムに賛同しているわけではない。その中で、世界大恐慌の中で就任したフランクリン・ルーズベルトが行った保護主義的な政策をとりあげ、保護主義が全く経済を改善させるものでなかったことを例に上げている。
より重要なのは、彼の行き過ぎたやり方が、未来のアメリカのリーダーたちが困難を迎えた時に政治的勝利を得るために活用する、平和時の危険な先例となる可能性が高いことだ
保護主義は経済の発展に寄与しないばかりか、トランプ大統領の政策が貿易におけるアメリカの地位をかつてないほど低下させたことを指摘する。これこそがIan Bremmer氏が長年主張するGゼロの世界をよりリアルに浮かび上がらせている事象の例だろう。
歪をうむ世界各国の情勢
注目すべき12の途上国として、南アフリカ、ナイジェリア、エジプト、サウジアラビア、ブラジル、メキシコ、ベネズエラ、トルコ、ロシア、インドネシア、インド、中国を挙げている。
これらの国々はこの数十年で最も経済成長を遂げた国々であることは疑う余地はないが、その政治や経済基盤の安定性に関しては脆い部分を秘めている。
本書ではこの12の国々の情勢に関して冷静な意見を垣間見ることができる。記事執筆時点では新興国には冷えた風が吹き荒れている。まさに2018年8月時点で通貨危機に直面しているベネズエラやトルコの情勢は本書でも取り上げられており、これらの国々の経済基盤の不安定さや、政治の不安定さの現状を知ることができる。
新興国を投資対象に掲げるのであれば、これらの国々の割安さに注目するだけでなく、政治の行く末が持つリスクについても十分に理解する必要がある。どんなに目覚ましい経済成長を達成していた国であっても、アルゼンチンや日本のような長期的な低迷の二の舞になる可能性は十分にある。
現在の世界各国のCAPEはドイツのStar CapitalのWebサイトから参照することができる。
テクノロジーが変える未来
世界各国の情勢に大きく影響を今後与えるであろう事が予想されているのがテクノロジの進歩だ。AIやロボットなどのテクノロジーが今後人々の労働を現在から様変わりさせることはほぼ確実視されている。低賃金で働くような人々の労働はテクノロジーにより代替されて、テクノロジーによって職を失う国民が出てくる。しかもそれらの国民はポピュリズムを支持するようなグローバル化に取り残された人々や、発展途上国の人々がより早く閉め出されていく。こうした世界で生き残るためには何よりも一生続く教育のプロセスが重要となる。
私自身も研究をするために久しぶりに大学に戻ったのだが、たった10年も立たないうちに教育の内容や手法までもが様変わりしている事に心底驚いた。最後に教育を受けてから30年たった会社の役員クラスと、働き始めて間もない社員たちが価値観を共有するのははっきり言って難しいだろうな、と思わせるほどまでに技術の進歩によって常識というのは変わるのだろう。
危険な時代を人々が生き抜いて、繁栄するのを助けるために社会契約を書き換えることは、教育の目的、内容、そして提供方法の前提を再考することをも意味する。社会契約の書き換えは、政府の税の徴収方法の基本的変更を意味する。また、人々に変化の速い経済社会において競争し成功するために備えさせることと、それができない人々に対しては最低限必要な物やサービスを供給することを意味する。また、全体としての課題に対する政府の内外からの創造的思考を歓迎することを意味する。そして、喫緊の課題に対応するために政府が民間企業や民間団体と手を組んで対応することが必要とされるのだ。
このような止められない流れの中で、Ian Bremmer氏は難局を乗り切るために社会契約を書き換えることの必要性に注目する。個人の自由を重視するアメリカでさえ、社会保障の導入や401kプランの導入など、経済についての抜本的な改革をこれまでにも幾度となく行っている。
現在ヨーロッパではフリーランスの職が増えるギグ・エコノミーの流行や、ベーシックインカムについて真剣に議論されるようになった。facebookの創始者であるマーク・ザッカーバーグは賛否はあるがfacebookを通じて人々の生活に大きな影響を与えるようになった。情報漏えいなどで非難されることも多いが、マーク・ザッカーバーグはベーシックインカムの支持者であり他にも人々に直接アクセスできる強みを活かしたサービスを考えている。Ian Bremmer氏は彼が進めようとする新しい様々なサービスについては肯定的に捉えている。
劇的に変化する世界を俯瞰するには良い本
本書のような地政学に関する本は足が早い。Ian Bremmer氏は国際問題について非常に優れた洞察を持っていると思われるが、「現在」は常に変化し続ける存在であり、昨日までの意見が新しいイベントによって今日には新しく書き換わるかもしれない。
The Economistなどを定期的に隅から隅まで読んでいるような人であれば本書にかかれているような現在を当たり前のように受け止められるかもしれないが、日本語で書かれたメディアで国際情勢をそのレベルで詳しく分析したものはかなり少ないだろう。本書も邦訳されるまでに時間が経っていることもあり、本書が書かれた後に大きく経済に影響するような出来事も多かった印象がある。しかし、本書の洞察はこのブランクを考慮しても優れているものであり、国際分散投資をしたり、グローバルに仕事をする人にとっては知っておくべき知識だろう。
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