「豊かさ」の誕生ー成長と発展の文明史ー(ウィリアム・バーンスタイン)

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人類の年率2%の成長の歴史

人類の経済は産業革命の頃から年率2%で成長してきた。現代の先進国が享受してきたこのハイペースな経済成長を説明するのが本書のメインテーマである。

有史以来、人間の社会はゆっくり成長していたものの、その成長率は産業革命前と比べたら非常に低いものだった。それが産業革命の頃から速度をあげた。成長が急速に発達した理由として、4つの要素が大事だと述べる。「私有財産権」、「科学的合理主義」、「資本市場」、「輸送と通信」。これらの条件が揃った場所から近代の急速な成長が見られるようになった。オランダ、イギリスやアメリカを始め西欧の中でも覇権を握った国はまさしくこの条件を満たした国に該当する。

一方、舵取りを間違えてしまったものの、その後にキャッチアップした国としてフランスやスペインや日本が挙げられている。初期に成長を享受しなくても、ある時点から条件がそろえば持続的な成長が可能らしい。これらの国々の発達は歴史的背景を踏まえて考察がなされている。

経済成長の根底にあるのは優れた技術の発達とそれを促す国家の制度にある、というのが筆者の主張なのだろう。一方で、簒奪や収奪により急速に拡大する帝国主義は、そのものが経済発展のドライバーにはならない。逆に、戦争などの破壊などがあっても、近代では成長の素地さえ整っていれば、速やかに経済の回復を遂げることができた。確かに第二次世界大戦で荒廃した日本の戦後の高成長は、軍国主義を捨てアメリカ的な制度を積極的に取り入れたことが大きい。

暴力の人類史暴力と不平等の人類史では、壊滅的な戦争や疫病の流行は経済の発展には悪影響を及ぼしたような印象がある。何世紀もの時代を経て、壊滅的な戦争は少なくなったし、中世における黒死病のような壊滅的な疫病の流行も最近では少ない。近年の新型コロナパンデミックですらも当初の死亡率は2%、現在では免疫と治療手段によって死亡率は激減した。コロナについては行政の過度な貨幣発行がむしろ経済には長期的に悪影響な気がしないでもないが、GDPの落ち込みは数%程度にすんでその後に回復の兆しを見せている。仮に、新型コロナの死亡率が全世代で20%だとしたら医療インフラの維持どころか通常のインフラの維持すら難しいだろう。それ自体は経済的に長く続く影響を与えるような気もする。しかし環境さえ整っていればすぐに乗り越えて人類は再び成長の道を歩むのかもしれない。ただ、仮定の話は仮定の話であり、実際のところはわからない。仮定のままであれば良いが・・・。

失敗する国々

さて、成長軌道に載った国以外の場合はどうだろうか。イスラム、中東、ラテンアメリカなどの国々では、たしかに欧米的な資本主義が上手く採用されているとは言えない。そもそも財産が保証されているという事自体がこうした発展途上国では当たり前のことではないことが多いようだ。独裁政権の一声で急速に事業を潰されるテック企業やら、独裁者のワガママで自国通貨がゴミになる北国など、数年だけでも記憶に新しい事例がたくさんある。また、軍事費へのGDPの多大な割当ても長期的には成長を阻害する因子になりうるようだ。確かに、軍事ばかりに金を突っ込み、独裁者が富を独占して汚職を働いている国では国民が豊かさを享受しているとは言い難い。これらの国では国債の金利が高く、事業を営むための借入にリスクを取りづらい環境であることも産業の発展が阻害される要因だろう。本書でも金融システムの安定性は何度か強調されていた。

成長の先

豊かになること、絶対的貧困が少なくなる事は大事で、幸福度にも関係する。ピケティらが問題を提起した不平等の高まりについても本書でも一部取り上げられている。富の集中、ジニ係数の上昇は経済成長には悪影響であることが指摘されているが、アメリカ・中国などではこの数十年でその傾向に拍車がかかっている。今後どうなっていくのかは注目に値する。再配分の先さえ良ければ、GDPの50%程度まで課税されていても北欧諸国のように経済的に安定的な成長を遂げることは可能だそうだ。今後どのような制度が勝つのかは興味深い。すでに純然たる社会主義が資本主義に勝てないことは歴史が証明された。国家主導の経済が勝つのか、非常に小さい政府の資本主義か、大きい政府の福祉社会か、どこが勝つのかについては本書がカバーする範囲外の話である。

もっとも、シルバーデモクラシーがはびこり、経済成長に関係のない支出を好む極東の国などでは再配分が効率的とはとても言えないようにも思う。こうした事例でのその長期的な悪影響も今後の分析対象になるかもしれない。同様の観点から、米国を始め医療費の長期的な高まりなどは経済にどのような影響を与えるだろうか?医療を輸出できる米国はまだ良いかもしれないが、輸入ばかりしている国では軍事GDP増大と似たような負の影響があるのかもしれない。

本書がどれほど妥当なのかは正直わからない。株式のバックテストのようなもので、人類の歴史の身近な部分に局所的にフォーカスを当てて共通点を見つけて論じているだけである可能性もある。ただ、21世紀当初もてはやされたBRICsの失速や、本書が発行された2015年から世界に起こった様々な出来事を見ると、経済成長を阻む様々な要因については正しいような気もする。また、どんなに成長を早めようとしても2%の壁を長期的に超えるのは難しいようにも感じるため、現在めざましく成長している国も、失われた何十年かの日本のように再び低成長に転じるのが必然なのだろう。この数年の市場の楽観と下落を見ていて、本書に書かれる低成長の要因を理解することが、ある意味これから来るかもしれないスタグフレーションと金融バブルの後処理の時代を生きるのに必要なのかもしれないと感じた。

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