SPDR、Vanguard、iSharesなどの主要なETFを発行している会社は軒並みセクターETFを発売しています。S&P500は現在11のセクターに分かれており、各社いずれもそれぞれのセクターに対応するETFがあります。
ジョンボーグルは著書「インデックス投資は勝者のゲーム」の中で、セクターETFやスマートベータETFの有用性を批判しています。一方で、「ウォール街のモメンタムウォーカー」や、「市場サイクルを極める」では、セクター別のリターンと時系列でのその期待リターンが異なることを利用した投資方法の有効性に触れられる内容を含みます。また、ジェレミー・シーゲルの「株式投資の未来」では、過去のセクター別の株式のリターンを引用して、生活必需品やヘルスケアセクターの安定性と高収益性が投資に有用である旨を述べています。
昨今の米国株が割高だと再び言われるようになったた中、なんとかして大きな下落を防げないものかと、モメンタムを利用できないかと考えて、定期的に主要なアセットやセクターのモメンタムを呟くボット(@signal_calls)を作って、twitterで動作を最近開始しました。ただ、セクターのモメンタムについてはそこまで有効かどうかも確信が持てないものでもあります。
この10年は、リーマンショック後はGAFAMを始めとした巨大テック企業の躍進が目立ち、テクノロジーセクターが高いリターンを出しました。これは長期のモメンタムにもあたるものかとも思います。ただ、より詳しく分析するために、本記事ではセクターETFのリターンについて見ていきます。また、セクターのモメンタムを利用した投資が有効なのかどうかについても調べてみます。
セクターETF
調査対象にするのは、ひとまず、一番歴史が長いSPDRのセクターETFです。自分で普段買うのはVanguardのセクターETFなのですが、両者を比べると、流動性はSPDRの方が多いようです。一方、分散性についてはSPDRよりはVanguardの方がより広く分散されています。この先、ETFのシンボルが数多く出てくるため、シンボルとどのセクターに投資しているのかの対応表を示しておきます。
XLC Communication Services
State Street Webサイトより
XLY Consumer Discretionary
XLP Consumer Staples
XLE Energy
XLF Financials
XLV Healthcare
XLI Industrials
XLB Materials
XLRE Real Estate
XLK Technology
XLU Utilities
なお、この11のETFの内、XLC: Communication ServicesとXLRE: Real Estateについては、セクターの設定の歴史が浅いため、それぞれの設定は2018年と2015年になります。他のセクターは1998年12月からETFの運用が開始されています。
設定来のリターン
設定来の配当込みリターンを見ていきます。
数が多くて見にくいですが、累積のリターンが良かったのはXLY:一般消費財や、XLV:ヘルスケアです。
リーマン・ショック後のリターン
また、リーマンショックで大きな変動がありましたが、リーマンショックの下落後の2010年以降でのリターンは以下のようになります。
2010年以降はXLK:テクノロジーセクターが目覚ましいリターンを遂げていますが、XLY:一般消費財のセクターも2番めに位置しています。
一方で、エネルギーや金融、マテリアルといったセクターはあまり振るわないリターンでした。これらはリーマンショック前までは良いリターンを享受していたり、当時の時価総額上位に食い込むような企業があった一方で、最近は振るわないようにも思われるセクターでもあります。
年率換算したリターンとボラティリティ
チャートでは見比べにくいため、年率換算したリターンを比較していきます。縦軸がリターン(幾何)、横軸に年率ボラティリティをプロットしました。
上にあるものが高いリターンを示したものです。この中でXLCとXLREについては設定の年数が浅く、それが投資環境としてよかったという要因もあるため、一概には高いリターンと結論づけられません。比較可能な中でリターンが高かったのはXLY:一般消費財やXLV:ヘルスケアというのは先程見たとおりです。ベンチマークとしてS&P500も示しましたが、SPYのリターンは長期で比較可能なセクターの中では真ん中くらいです。ここでも、XLE:エナジーやXLF:金融セクターはリターンが低い上にボラティリティも高い事がわかります。
セクターローテーション
セクターローテーションについて確認するのはこのチャートとプロットだけでは難しいですが、State StreetのWebサイトでは、セクターごとのモメンタムのマップを確認することができます。それぞれのセクターごとにモメンタムがあり、サイクルを描いているような印象の図です。たった一年でもこうもサイクルが見られるのか、ということには若干驚きです。
セクターに基づく戦略
こうしたセクターのローテーションに基づく戦略がどれほど有効なのかは気になるところです。
セクターローテーションとモメンタムファクターのリターンを比較した記事(https://globalbetaadvisors.com/sector-rotation-vs-the-momentum-factor/)では、セクター戦略のアルファはモメンタムファクターを代替したものである、と記載されています。つまり、本質的にはセクター投資で得られるリターンは勢いがあるセクターに投資することで得られる優位性である、というようなことでしょうか。
しかし、S&P社によると、セクターETFのモメンタムはここ10年は成績は振るわないようです。(https://www.spglobal.com/spdji/en/indices/commodities/sp-gsci-sector-momentum/#overview)
上記では、詳しくどのような手法を使っているのか把握しきれなかったため、少し判断が難しいところがあります。今回、セクターETFによるモメンタム投資が有効なのかどうかを検証するために、モメンタムウォーカーで使われている相対モメンタムを用いることにしました。
相対モメンタムでは、まず、一定期間のルックバック期間(今回は12ヶ月の累積リターン)を各セクターETFで比較します。ここで、相対モメンタムが高いETFを保有し直す、ということを毎月の月初に行っていきます。セクターの数が多いため、今回の比較では、「トップ1つ,3つ,5つのセクターを保有した場合」と、「ワースト1つ,3つ,5つ」のセクターを保有した場合を比較します。ベンチマークはSPYです。このポートフォリオについて、日次リターンを計算して、チャートをプロットします。
セクターの相対モメンタムを利用したポートフォリオのリターン
このチャートでは、top_1,3,5というのが上位1,3,5つのセクターをポートフォリオに含んだ場合、worst_1,3,5というのが下位1,3,5つのセクターをポートフォリオに含んだ場合です。Even_Weight_Sectorは全てのセクターに等しくウェイトを置いたものになります。SPYはベンチマークとして設定したS&P500連動ETFです。
目を引くのは、Momentum_worst_1と書かれたラインでしょうか。これは相対モメンタムが最も低い、つまり過去12ヶ月のリターンが最も低かったETFを保有し続けた場合のリターンになります。この場合、20年間で元本を割っています。
実際にどのようなセクターETFを保有していたかと言うと、多いのがエナジー、その次が金融セクターでした。次がテクノロジーセクターです。上の図が、ETFごとの実際の保有期間(月)を示しています。テクノロジーセクターは2000年ごろのITバブル後の不景気の頃にリターンが悪く、保有することになることが多かったようです。また、リーマンショックの頃はXLFの保有の時期が多かったのも、納得できます。リターンが悪かった2つのセクターに加え、まさに不景気の真っ只中にあるセクターを保有することで、リターンが押し下げられたと考えられます。
先程のチャートに戻ると、実は他のモメンタムの高いセクターあるいは低いセクターを選ぶだけではあまり大きなリターンの差はありません。実際に年率リターン、ボラティリティをプロットしてみると、先程の最も負け組を保有した場合が圧倒的に低いリターンだった以外は大きな差はなさそうに見えます。
グラフが見にくいため、負け組の最下位保有ポートフォリオ(Momentum_worst_1)を除いた場合は以下のようになります。
リターンはほぼ年換算してSPY±1.5%以内のところに位置しています。また、上位・下位を選ぶことに対して一貫した傾向はありません。上位5つを選んだ時のリターンが一番良いですが、これがどこまで有意なものかは判断が難しいです。
そこで、それぞれのポートフォリオについて、月々のリターンの分布を箱ひげ図にして表しました。箱ひげ図に表すとリターンの分布がどの様になるのかが視覚的にわかります。
ここで、月々のリターン自体はどの方法もほとんど平均的には変わらないことが見て取れると思います。ただし、保有するETFが増えるにつれて、やや極端なリターンが減って、リターンの分散が減っているようにも見えます。しかし、これらのリターンについて、対応のあるt検定でSPYと比較しても、いずれもSPYのリターンとは有意な差は見られませんでした。
年間のリターンについても同様にポートフォリオごとに箱ひげ図を書くとこのようになります。年間に換算すると若干下位トップのポートフォリオの平均リターンが低いようにも感じられます。ただし、これでもSPYとのリターンとの有意差はありません(p=0.145)。ただし、年間に換算すると平均で幾何リターンが10%近く異なる(-2%~8.8%)ので、統計的な有意差が見られないからと言っても、実際の投資では複利で大きな差はでるため、無視できないとは思います。
ロング・ショート戦略ではどうか
ところで、上位のセクターをロング、下位のセクターをショートするようなロング・ショート戦略をとった場合、この戦略は絶対リターンを生み出すのでしょうか。post-hocな検証になるため、いいとこ取りしたような感じではありますが、例えば上位3つのETFをロング、最下位のETFをショートした場合、ロングとショートの総量が等しくなるように毎月リバランスした場合のポートフォリオのリターンをSPYと比較すると以下のようになります。
結果としては、SPYをただロングするだけの方が2021年秋までのリターンとしては優れています。ただし、SPYと、Long-Short戦略の相関係数は-0.39になっています。また、指数の下落に対して逆行するような上昇が2002年、2008年、2020年に見られており、サテライトの戦略としては使えるかもしれません。ただし、この最下位セクターの低リターンが今後も続くと信じれば、という条件付きではあります。
セクターの勢いをポートフォリオに活かせるか?
今回分析した範囲はモメンタムウォーカーのように、200年という広範なものでは有りません。しかし、たった20年という中で、ITバブル後の景気後退、リーマンショック、コロナショック、と様々な下落を経験してきました。このハイボラティリティの環境では、景気の循環という点では検証に値する期間だと思います。一方、金利の上昇やインフレといった事象に乏しいため現在多くの投資家が懸念しているイベントに対する説明性は付与してくれない可能性は高いと思われます。
残念ながら今回作った相対モメンタムを利用したセクターETFについては、上位のものを選ぶだけでは高いリターンは得られませんでした。一方で、弱いセクターETFを売る戦略は限られた期間では一定の貢献、特に下落時のヘッジに使える可能性がでました。海外ETFのショートをするためにはInteractive Brokersなどの口座を使うか、インバースETFを利用する必要があります。たあまり個人の投資家でロング・ショート戦略を組み合わせている人は少なく、単純なインデックスへの順張りの方が効果が高い可能性がありますが、ヘッジとしての活用法の一つにはなりそうです。
なお、今回行ったのと似たような解析は神サイト、Portfolio Visualizerでも同様の事が行なえます。上位3つのセクターを保有した結果については以下のURLで見ることができます。ただし、下位のセクターを選ぶ、といった柔軟な方法はできないはずなので、興味がある方は解析スクリプトをお渡ししますのでご連絡下さい。
参考:
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