命の経済 ー パンデミック後、新しい世界が始まる(ジャック・アタリ)

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新型コロナウイルス発見後半年で書かれた社会の変化

本書は新型コロナウイルスが流行し始めた2020年に、フランスの著名なジャック・アタリが書き記したものである。世の情勢に詳しい知識人ということで、アタリの著書は本ブログでも何回か取り上げてきた様に思う。本書は2020年6月に書き上げられ、加筆修正された後、翻訳されて10月に出ている。コロナウイルスが流行した昨年は物事が急速に展開した印象があり、大量の論文がリアルタイムに出版されていった印象があるが、本書もスピーディに書き上げられたものの一つだ。

本書において、アタリは、疫病がもたらした過去の事例の分析、COVID-19がもたらした各国の対応および社会の変化について分析する。その上で、COVID-19により変化した社会はこの先、元通りになることは無いだろうとしている。そして、命を守るような行動の価値が見直されるだろうとも述べる。

予見されていたパンデミックのリスク

今回のCOVID-19の大流行は人類からしたら、青天の霹靂だったのかというと、そうではない。感染力が強く重篤な症状を引き起こす伝染病のリスクは以前より指摘されていた。アタリの以前の著作「危機とサバイバル」でもパンデミックへの警鐘を鳴らしているし、COVID-19流行の初期から、Bill Gatesが2015年のTEDでの講演(Bill Gates: The next outbreak? We’re not ready)でパンデミックのリスクに触れていたのは多くの人が見聞きしたことがあるのではないだろうか。

パンデミックに強い社会への変革

COVID-19が初めて発見されたのは中国の武漢市であるが、その後の対応についてはアタリの見解は非常に切れ味が鋭い。中国については、初期の対応から、その後の対応に至るまで悪しき例としている。初期の頃から感染症の存在が示唆されていたにもかかわらず、隠蔽に徹したこと、また、感染拡大後も強権的なロックダウン政策を強行し、情報統制により流行状況の透明性を書いたことは強く非難されている。同様に、強権的な政策で都市の閉鎖などでしか対応をせざるを得なかったヨーロッパの国々の対応のまずさを非難している。一方で、ロールモデルとして挙げられるのが、韓国を初めとする、徹底的な追跡を行い感染対策を行っていた国々である。

2020年夏の時点であり、まだ今ほど様々な臨床試験の結果が明らかになっていなかったものの、コロナウイルスワクチンの開発についてもわずかに触れられている。開発成功の可能性はあるとしながらも、本書におけるアタリの主張は一貫して、ポストコロナの世界は2019年以前と同じようには戻らないだろうという事だ。アタリの以前の著作「危機とサバイバル」では21世紀を生き抜くためには変化を受け入れ自らを対応していく能力が重要視されていた。アタリが理想とするポストコロナの世界は、これまでの行き過ぎた効率化された都会的な密集した社会からの変革を遂げた世界なのだろう。そしてアタリが警鐘を鳴らすのは、パンデミックを口実にした民主主義の制限が行われて行くことである。古代からの事例として疫病の蔓延は社会の崩壊へと繋がってきた。ライフスタイルが変わったとしても、守るべき人々の権利は変わらず最大限尊重していくように社会は変革していかなければならない。また、社会が改めて価値を見直さなければならないのは、命の価値であり、これを守るために正しい政策を取っていく必要がある、とする。

ポストコロナワクチンの世界

以上が本書の概要であるが、2020年後半になり、COVID-19ワクチンの開発の成功が相次いで報道されたことは、今回のパンデミックの非常に大きな変化のきっかけになった。本書ではまだ一つの可能性でしかなかったワクチンは現時点では世界的な最優先タスクとなっている。アタリは2月25日付けのブログ記事(Look For Good News: http://www.attali.com/en/positive-economy/look-for-good-news/ )において、ワクチンの有効性を認め、ポジティブな変化をとげた社会への展望を述べている。こうした社会の変化や本書に描かれる理想の社会は、パンデミックがあってもなくてもアタリが元々理想としていた21世紀の社会なのではないか、、、とも思われるが、アタリにとってはパンデミックを乗り越えた先は理想の社会を目指そう、ということなのだろう。

本書では日本についての言及はあまり多くないが、西浦博先生の「新型コロナからいのちを守れ!」にも書かれている通り、日本も韓国型のクラスター対策が重視された対策で初期は対応ができていた。無論のことクラスター対策に必要な人員の確保や、追跡したハイリスク患者に対するPCRの検査体制の準備は重要であったが、その体制が十分に国内で供給されていなかったことは問題として認識されている。結局日本も緊急事態宣言という形で緩いロックダウン政策に舵をとったように見えるが、あたりにとってはどう映っていたのだろうか。

また、本書は感染症の第一波ともいうべき、2020年の前半に書かれたものだ。当初クラスター対策だけで有効な対策をとれていたと考えられていた韓国を始め、東アジアの国々もその後の感染の波を受けて、結局ロックダウン政策を行わざるを得なかった。たとえ追跡が完璧だからといって個人の隔離が完璧でなければPCRの感度からしてPCR検査でも数割の見落としが発生し、そこから芋づる式に感染者は増えていく。本書では非常に重要なこの点が見逃されており(これは2020年2月時点での武漢からの報告ですでに予見可能だった。)、アタリの批判自体も十分に思想的な影響が強いように感じられた。嫌いなやつがやったことは全部悪いこと、という具合である。

1年前の時点でそこまでを全部見通すのは専門家であっても難しいかとは思うが、いずれにせよ、本書の要点はパンデミックがもたらす価値観の変化である。全て受け入れる必要はないが、コロナ以前の世界に固執して良いことは無いのかもしれない。

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