未来の医療年表 10年後の病気と健康のこと(奥 真也)

Book

少しtwitterで話題に上がり興味が湧き、読んだ本の紹介をしてみようと思う。

本書は未来の医療年表というタイトル通り、現在発達しつつある医療技術・研究面から10-20年後に予想される医療を紹介する本である。

私自身は基礎医学と臨床医学をつなぐようなトランスレーショナルな分野で主に活動をしているので、医療現場に今後持ち込まれるだろうと期待されているものや、ニーズとして何が取り上げられているかを知りたくて本書を手にとった。

著者は医学部卒業後、放射線医学を専門として、MBA取得、情報系・公衆衛生系の医学に通じて、製薬・医療機器会社の勤務経験などもありビジネス系にも通じているらしい。情報源としておそらく信頼おけるであろうということと、私よりもはるかに様々な業界を経験しており見識が深そうだと思い、読んでみた。

本稿を投稿する前に本人とtwitterでつながってしまい若干恥ずかしいが、忌憚なく感想を述べさせていただく。

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ここから20年間の医療の話題

まず、本書のような総括的な話題では、きちんとトレンドを抑えているか(つまり、著者の嗜好があまりに色濃く反映されていないか?)は重要だと思うが、それはよく押さえられているように思う。

というか、私は本書の著者とかなり興味分野が似ているため、本書で取り上げられた話題はいずれも多くの社会資源を投じて解決していくべき話題なのではと考えている。がん、遺伝子解析、新薬、AI、オンライン診療、ウェアラブル、予防医学、医療リテラシー、保険医療制度などの話題が本書では取り上げられている。

第3章以降は公衆衛生学系の話題が増えるので、ある意味著者の得意分野に少し話題が寄っているかもしれない。個人的には、少子高齢化や介護に関する話題も見てみたかった。

もう少し読みたい話題はあったものの、新書というボリューム感からすればあまり贅沢は言っていられないだろう。特に本書の話題は新聞記事でもしばしばニュースになるので、医療者・非医療者に関わらず知識を持っていても良いと思う。

というのも、医療リテラシーが取り上げられていことを初めとして、今後発達していくであろう、予防医療・ウェアラブルは患者が主体的に関与していく必要があるものになるだろうし、大きく医療のあり方に変化をもたらす可能性があるオンライン・AI・医療制度の変化に利用者がついていけなければ、良いものも浸透しないからだ。

医療のテクノロジーが変える未来の医療の限界

第1,2章は、テーマとしては医療の限界をどこまで引き上げられるか、といった話題が中心になっている。端的な印象としては、本書の主張はかなり楽観的に思える。本書が提唱しているほどすぐに解決に至る疾患は多くないように思う。

本書は、遺伝子解析や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬にスポットを当てて、糖尿病や認知症、癌のように現在でも治癒が難しい疾患が解決されると主張する。

本書で取り上げられた新規技術はまさしくそのとおりではあるし、近年発達してきたこれらの技術の組合せは悪性腫瘍治療の分野でいえば、ガイドラインをことごとく塗り替えて、確実に患者の寿命を伸ばしている。

ただ、私は正直そこまで楽観的にはなれない。

悪性腫瘍(がん)は最新の論文も目を通すようにしているため、そこそこ知識はあるつもりだが、現在の技術だけでは2030年までにほとんどの悪性腫瘍を根本的に治すほどまでの効果は得られないと考えている。本書で紹介される治療戦略の骨子は精密な遺伝子検査を通じて効果的な治療を提供する、というものだが、それだけでは不十分に感じている。

最近でも難治性のがんを治すための遺伝子解析やそれに応じた治療戦略の試験が行われているが、検査結果を治療に応用可能な症例は現時点ではまだ20%程度しかおらず、ほとんどの患者は残念ながら最新技術の恩恵を受けられていない。また、ばっちり治療が提供できたからと言って、現在の薬剤ではがんの消滅を達成できる患者はほとんどいない。

悪性腫瘍の生物学は非常に複雑であり、本書で取り上げられていないところでも様々な解析技術が生み出されている。1細胞単位での遺伝子(マルチオミクス)解析が近年では発達して、また時間的な細胞の性質の変化なども知られることになり、薬剤による癌の根治にはもう何段階かのブレイクスルーが必要なのではないかと考えている。

もちろん、2030年頃までに遺伝子解析を応用した精密医療の普及はクリアしなければならない課題だと考えており、実現するためのコスト削減をIllumina社などには頑張って実現して欲しい。

熱く書きすぎてしまった。

ちなみに、同様の理由で糖尿病の解決が遺伝子レベルの対策で2040年までにできるということに対しても懐疑的だ。似たような理由で糖尿病の原因遺伝子やそのパターンも非常に多様(heterogeneous)であるためだ。なんとなく、糖尿病はウェアラブルデバイスで完全なコントロール下に置くことで救われる患者が多いんじゃないかと私はむしろデバイス関連に期待をおいているが、20年先のことなのでよくわからない。

医療AI

AIに関しては、本書で述べられているような活用の仕方、すなわち、情報のデータベース化、より個別化した管理、診断の補助、などは現在も活発に行われている。

また、AIを医療現場で法的にも正当に使用するために、AI医療の責任の所在に関して医師法に関連した話題は、こうした技術に関わる研究者の中では非常に重要な問題になっているし、法改正を長期的に行う動きは現在でも水面下で準備されている。機械学習ベースのAIシステムを医療システムの中でどこの役割を担わせるべきなのかは法的な枠組みに非常に強く影響される。

医療系のAIの話題に関しては広く応用分野が紹介されていると思う。twitter上で「AIに関する理解が不十分だ」といったことを記載したのですが、あまりにも枝葉な記載をみてそうした感情をもっただけなのでこちらで訂正する。


さらに私が将来的に期待するのは、この腸内細菌叢をマイクロロボットで直接取ってくる技術、あるいはCTなどの画像診断を使って腸内を調べ、「腸内の画像があるパターンの人の場合には、こういう細菌が生息している」ことなどを見分ける技術の確立です。そうしたことも、現在のAIの画像診断技術を組み合わせれば可能なのです。

奥真也. 未来の医療年表 10年後の病気と健康のこと (Japanese Edition) (Kindle の位置No.104). Kindle 版.

私が気になったのがこちらの記載。細菌のような視認困難なものをAIによって識別する、という話である。検索すると、似たような話題もちらほら出ていそうな印象も受ける。実際に、CT画像や病理画像をAIに解釈させると遺伝子変異を見分けたりするといった、人間業ではない技術も報告はされているものの、画像系のAI(主に畳み込みニューラルネットワークを使用したもの)で人間が視認困難なパターンを発見するのはごく一部に限られている。汎用的な応用方法ではないと思われる。とはいえ、あまりにも枝葉な記載につっかかってしまった。

未来の医療制度

第3章以降は技術的な話題は前半に比べると多くはなく、より非医療者が関わる分野での話題が多い。一般の読者としてはここから読んだほうが入り込みやすいのではとも思う。

日本の皆保険制度も制定されて非常に長い時間がたっており、状況に応じてどんどんど改定されているものの、昔と今では世の中の状況が変わってしまい、問題点も数多く指摘されるようになっている。諸外国のなかで完璧なところがあるわけではないが、社会や個人の行動が変わることで解決されるような問題点については、多くの人が知るに越したことは無い。

予防医療に関係する「健康」マネジメントの話、ヘルスリテラシー、日本と海外の医療制度の違いなど、考えは個人ごとに異なるだろうが、全く考えたことがなければ、何も知らずに中年になり徐々に「患者」になっていく前にしっかりと知識をつけたほうが良い話題を本書の後半部分は提供してくれると思う。

総じて、本書は医療者であれば”must know”なホットトピックが多いもので、目の前の医療のことしか普段考えられない忙しい医療者であれば、寝る前の一息つく時間にでもちょっとした勉強に読むと良いとだろう。一般の人にとっては、前半部分は未来の医療が目指す最前線を見に行くつもりで、後半部分は身近な医療問題を考えるきっかけとしてじっくり読んでみてはいかがだろうか。

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