アインシュタインの戦争(Matthew Stanley)

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「天才科学者の顔を思い浮かべてください」と質問したら、日本人だけでなく世界の多くの人がボサボサの白髪で髭を生やしたあの顔を思い浮かべるだろう。近年の科学者だって同じくらいの天才はいるだろうが、アインシュタインと相対性理論は20世紀のアイコンとして忘れ難い程に結びついている。

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相対性理論の頃の世界史

科学者というと俗世と離れて思考の世界に入り込むようなイメージを持っているかもしれないが、ほとんどの科学者は給与をもらって働いているし、支援が得られなければ研究は続けられない。支援の母体の多くは国が関わっている。科学は国策でもある。

大学を卒業したアインシュタインは大学の研究職ポストが得られず、特許関連の仕事をしながら1905年に特殊相対性理論を発表した。そしてその10年後の1915年に一般相対性理論を発表した。そして1919年にはイギリスの天文学者エディントンによる日食の観測により、一般相対性理論の正当性が実証された。

本書で取り上げられた出来事をまとめてしまえばこのようなことに過ぎない。

しかし、この当時は帝国主義ヨーロッパの緊張が高まり、第一次世界大戦に突入した時期でもあり、また、差別対象になりがちなユダヤ人だったアインシュタインにとっては身の置き所をよく考える必要もあった。本書は相対性理論の内容を深く解説するものではないが、この時期の科学者がどのように過ごしたかを知ることができる。

科学者と政治的立場

本書の主人公はというと、アインシュタインだが、その理論の実証に関わったエディントンや、当時のヨーロッパのアカデミアで活躍していた物理学者のプランク、化学者のハーバー、数学者のヒルベルトなど様々な科学者が出てくる。

アインシュタインはドイツ生まれだがスイスの市民権を得ていたことにより兵士として戦争に参加することは免れた。エディントンも平和主義者の信条をもち、イギリスの徴兵制度から免れていた。一方で、多くの科学者は戦争のために自らの研究成果を発展させるという使命が課せられるとともに、こうした姿勢に賛同する科学者も少なくなかった。プランクやハーバーは93人のマニフェストという、ドイツの戦争行為を正当化する文書に署名をしている。ハーバーは第一次世界大戦で使用された毒ガスの開発に深く携わった。

直接的に国の間の競争に協力することにならないような研究を行っていたような研究者は肩身が狭かったことだろう。当然、科学者といえども戦争に駆り出されたり、あるいは自ら志願して兵士になった人物も多かったようだ。ブラックホールの理論にも関連する、一般相対性理論の方程式を解いた人物であるシュバルツシルトは、戦争で兵士として命を落としている。

また、国同士の対立が深い時代では、科学者同士の交流もままならず、相対性理論はイギリスなどではあまり紹介がなされなかったようだ。

今でこそ、インターネットの発達や研究論文のポータルが発達して、研究成果は査読を経て即時的に全世界からみられるようになったが、当時は状況としてはだいぶ違った。

こうした当時の社会情勢を乗り越えて、困難な理論の構築をアインシュタインがどう成し遂げていったのかを知ることができる。

相対性理論の実証が社会に与えた影響

第一次世界大戦の最中に発表された相対性理論はイギリスではほとんど知られていなかったし、科学者同士の溝が深まり、敗戦国となったドイツの科学は国際的に評価が落ちてしまったらしい。

このような状況の中、戦争が落ち着いた1919年にイギリス人の平和主義者の天文学者であるエディントンが日食の観測により、太陽の重力で恒星の光が重力の影響を受け、その結果が相対性理論に一致することを示したことは、科学的な意味合いだけでなく、科学者の国際的なあり方にとっても一石を投じたようだ。

これは評判を落としていたドイツの科学を見直し、アインシュタインの名声をドイツ国内だけでなく世界へ広めることになった。

科学と社会

本書の内容からは現代の科学と政治に関するメタファーを感じずにはいられない。戦争に加担する科学を非難し、科学は平和的な利用を目的にすべきであるということ、また、国家的な支援は科学者が研究する場を得るために重要である、というようなメッセージなのかと考えてしまう。

来週には米国の大統領選があり、現職のドナルド・トランプは科学に対して否定的立場をとっていることに対しアカデミアからは強い反発を受けている。世界的に有名な科学誌Natureをはじめ、医学系の有名誌はその誌面上でトランプに対する非難を行うようになった。

自分としては特に社会的にも重要で苦難を受けているのは環境系の科学なのかとは思うが、今後社会情勢的にどうなっていくのかはとても興味がある。

もっとも、こうした意図があるのかな、と考えてしまう裏には本書は一般相対性理論の実証でほぼ完結していることもある。あえてその後のアインシュタインを見ないふりをしているようにも思うのだ。

本書のエピソードの後には、アインシュタインはシオニズムへの傾倒が深まった。一方で、ドイツではヒトラーの台頭と反ユダヤの機運が深まり、アインシュタインをはじめとしたユダヤ系の科学者は亡命せざるを得なくなった。第一次世界大戦では平和主義者だったアインシュタインも亡命後は戦争を正当化する姿勢を示し、原爆の開発を成功させたマンハッタン計画のきっかけになる書簡をルーズベルト大統領に送ったりした。第一次世界大戦と第二次世界大戦ではアインシュタインの姿勢は一貫していないようにも思われる。こうした経緯に関するアインシュタインや他の当時の科学者をどのように描いていくのかも、また別の本で読んでみたい。

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