前回の記事では、相続のようにまとまった資金が手に入ったときにどのように投資するべきかを検討するために一括投資とドルコスト平均法(積立投資)を比較してみました。
しかし、まとまった資金が手に入る機会など早々有るものではありません。多くの人は、給与所得を積み上げて投資して、いつしか退職して資産を切り崩して生活していくことになるはずです。
現実的な状況を考えた場合、これから投資を始める人は一括投資と積立投資、どちらのほうがリタイア時に目標額を達成しやすいのでしょうか?
サラリーマンのための一括投資vs積立投資
想定としては、手元にいくらか元手があった状態で、これから投資をする人が、20年後に目標額を達成してリタイアをするとしたときに、どういった投資手段が優れているかを考えます。
具体的には、現在300万円持っているとします。現在給与所得をもらっており、投資に回せる余剰資金が年間に60万円あるとします。投資資金は300万円から1500万円まで20年かけて徐々に増えていくわけです。ここで、投資元本の時間荷重を2パターン、2通りずつ計4通りの投資結果を比較してみます。
(1) 生活防衛資金をはじめは確保した上で投資する
A. 0からはじめて、毎年75万円積み立てる(Dollar Cost)
B. 450万円借りて750万円分を投資する(Bulk)
(2) はじめからフルインベスト
C. はじめに300万投資して、毎年60万円積み立てる(Bulk & Dollar Cost)
D. 600万円借りて900万円分を投資する(Bulk-High Risk)
投資元本のイメージとしてはこんな感じです。
今回は前提として、株価がランダムウォークするという設定で、借り入れの際のコストは毎年3%に固定します。余剰資金は現在の日本の状況を鑑みて、リターンは0としています。また、インフレ率は考慮していません(0%としています)。
想定する期待年間リターンと期待リスクごとに10万回ずつシミュレーションして、最終資産額を箱ひげ図で示します。破産することも考えられるので、破産(総資産が0になる、あるいは損失が手元資金を上回る)する確率も出します。また、目標を3000万円、5000万円、1億円としたときに達成する確率も示します。
結果
ポートフォリオの年率リスクがsigma(=5%, 10%, 20%, 30%)としたとき、それぞれの場合の期待リターンごと(mu = 3%, 6%, 9%, 12%, 15%)の20年後の最終資産額を見ていきます。
参考までに代表的なアセットの年率期待リターン(算術平均)、標準偏差はそれぞれ、米国株はリターン11.95%、標準偏差15.59%、新興国株は8.22%、22.76%、米国10年債は7.60%、8.06%、金が9.85%、20.03%でした。
投資終了後の資産額の分布
ポートフォリオリスク 5%の場合
ポートフォリオリスク 10%の場合
ポートフォリオリスク 20%の場合
ポートフォリオリスク 30%の場合
期待リターンはプラスを想定しているので、当然ですが、より多く投資した方(C,D)がリターンの期待値は高くなります。
手法を問わず、期待値としては以下のようになりました。
mu=9%, sigma=20%では6300万円
mu=6%, sigma=15%ではでは5500万円
今回の問題は、レバレッジをかけてまで一括投資をした方が期待値が上がるのかどうかです。AとB、CとDをそれぞれ比べてみると、以下のことがわかります。
1. 期待リターンが高いほうが一括投資の方が積立投資より有利
2. 期待リスクが大きくなると積立投資の方が一括投資より有利
これは前回と似たような結果だったと思います。借り入れに対するコストが高くなりうることを考慮すると、必ずしも一括投資が有利になるわけでは無いことがわかると思います。期待リターンが低いと金利コストの影響は大きくなり、一括投資が不利になる状況になります。
ただし、コストが低い状況で、プラスのリターンが期待できるならば、今回のセッティングでは概ね借金をして一括投資をした方が最終資産額の中央値は大きくなりました。
ただし、リスクの高いポートフォリオでは一括投資の結果のばらつきは積立投資よりも目立って大きくなっていることにも注目です。
破産する確率
20年間のうち、1回でも破産したかどうかを見ていきます。
最初の時点で賭けているレバレッジは、Bulkでは2.5倍、Bulk-High Riskでは3倍になっています。
破産する可能性は、年間リスク5%、10%ではまず無いといっても良さそうです。しかし、レバレッジをかけた一括投資の場合、20%の場合は数%、30%の場合は数十%程度の破産の可能性があります。
例えば、年率リターン9%、リスク20%というような米国を中心とした株式投資を想定した場合、レバレッジをかけなければまず破産することはありませんが、一括投資では1-3%の確率で破産してしまいました。
新興国を中心とした株式投資を想定して、リターン9%、リスク30%とすると、積立投資でもわずかに破産しますが、一括投資では10-20%と無視できない程に破産する確率があります。
資産の中央値としても、リスクが高くなると一括投資は低くなりがちでしたが、ここでもポートフォリオのリスクが高い場合、一括投資は破産の可能性が増える、という形で危険性が有ることがわかりました。
目標を達成する確率
目標額を1億円、5000万円、3000万円に設定して、20年後に目標額を達成できる可能性を見ていきます。
目標額1億円
流石に元手1500万円から1億円を稼ぐ可能性は低そうです。株式中心として年率9%程度のリターンの投資を行った場合、リスクが低いポートフォリオではむしろ達成は難しく、リスクの高いポートフォリオで、偶然よいリターンが得られた場合にのみ数%〜10%程度、目標額を達成できそうです。
高い目標を達成するにはよほどうまい投資を行うか、リスクをとって、運が良くないと難しそうです。ただし、前述の通り、リスクを取った場合、当然ながら破産する確率も高くなりますから、十分に注意が必要と言えそうです。
高い目標を達成するという点ではレバレッジを掛けるほうが達成確率は上がります。これは、全体としてばらつきが大きくなるからでしょう。
目標額5000万円
1500万円の元手で5000万円というのは現実的な数値になってきました。年率リターン9%、リスク20%という状況では、30〜40%程度の確率で達成が可能なラインです。
基本的には、元手が多いほど達成確率は上がります(A,B < C,D)。そして、レバレッジを賭けた一括投資が有利な状況としては、ポートフォリオのリスクが小さい時です。手堅いポートフォリオでないと、借金をしてまで投資をしても目標を達成する可能性はあまり上がりません。
リスクを取ることで増えるばらつきで目標の達成率は大きく変わってくることもわかります。例えば、リスクを5%に抑えたポートフォリオの場合、期待リターンが低いと全く達成できなさそうなのに対して、期待リターンが高くなれば達成確率は100%に近づきます。一方で、リスクが30%のポートフォリオの場合は、期待リターンが低い場合でも達成する可能性がでてくる一方、期待リターンが高い場合は達成確率はむしろ減ってしまいます。
目標額3000万円
3000万円という目標額を達成する確率を見ていきます。
元本1500万円が3000万円になれば結構嬉しいですが、この目標は5000万円よりも当然ながら高い確率で達成されていきます。傾向は5000万円で見たときと大きく変わらないため簡単に。
レバレッジを使った一括投資が有利な状況は、リスクが小さいか期待リターンが大きいポートフォリオで生まれます。一方で、リスクの大きいポートフォリオでは優位性はそれほど大きくないようです。
自分ならどうする?
いつものことながら、こうした解析の結果を現実問題に転用するのは非常に難しいことなので、自己判断でお願いしたいところです。また、解析にミスがある可能性もありますので、間違いがあればご指摘お願いします。
ところで、自分だったらどうするかと言われれば、現状、リスクを抑えめにした分散投資のポートフォリオに多少のレバレッジをかけつつ運用している状況であり、BあるいはDに近いアプローチをとっています。これは実験結果的にもまずまずの成果を出している方法なのでこの手法を続けていきたいところです。
一方で、給与も入金しているため、ある意味あわせ技のような感じでしょうか。破産する確率は当然高いレバレッジがかかる初期に多いのですが、レバレッジは控えめにしたうえで、元本も増やして安全域をとる、というイメージです。
あくまで自分の意見ですが、リタイヤの目標や給与額など、各々によって状況は違うでしょうから、あまりリスクを取りすぎず現実的な目標おいて行くのが良いと思いました。
実際に、資金余力を残さずに、しかし借り入れすること無く投資を行う場合(C:Bulk & Dollar Cost)は、破産の心配はかなり少ない一方でリターンも比較的良いように思います。自己否定のようですが、レバレッジの使いすぎは投資ジャンキーのようなもので、身を滅ぼすリスクも負っている事を理解して運用をしないといけません。
こうした初期にレバレッジをかけて実質の投資額をあげる投資手法は「ライフサイクル投資術」やtwitterで交流のある神谷さんの「運もお金もない人のための資産の増やし方」にも取り上げられていたはずなので、興味有る方はどうぞ。
解析手法詳細
解析スクリプトは以下にアップロードしました。
bulk_vs_dollarcost_for_workers.html
シミュレーションの条件は本文で述べたとおりではありますが、もう少し細かく紹介します。
投資のポートフォリオについては、年率の期待リターンmu、期待標準偏差sigmaを設定した上で、年率リターンをN(mu, sigma2)に従うi.i.d系列として、投資額にリターンを乗じてリターンを計算しています。レバレッジがかかる場合はわかりにくいですが、自己資金300に借り入れ300で600を投資に回している場合の期待リターン10%では、毎年60程度がリターンとして期待されるイメージです。
初期の資金は300万円、毎年60万円が資金として入ってくる状況を考えています。
Aでは、毎年はじめに75万円を積み立て続ける。
Bでは、最初に450万円を借り入れて、元本は増やさずに運用をし続ける。毎年はじめに入金をすることで借金を返していきます。運用額が下がり、借金の額が運用額と現金の合計を越えた場合は破産とします。
Cでは、期間の最初に300万円を投資して、以降は毎年はじめに60万円を積み立て続けます。
Dでは、最初に600万円を借り入れる以外はBと同様です。
借り入れの返済については、投資開始時に資金を借り入れた以降は、毎年収入を資金の返済に全額投じて、行きます。ただし、負債には毎年3%の利子がかかります。
破産(純資産額が0円以下になる:積立投資であれば、投資額+余剰資金<0円、一括投資であれば、投資額+余剰資金-負債<0円)した場合、AやCは翌年から新たに積立を行います。BとDではその時点で投資は終了として以降は現金が毎年入ってくるのみになります。
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