レバレッジの最適化〜ケリー基準を参考にしたリターンの分布を見てみる

Finance

先日レビューを書いたエドワードソープの本の中ではギャンブルや株式の投資に使うケリー基準についての記載がありましたが、twitterでもケリー基準の重要さをお聞きして、少しケリー基準について考えてみようと思いました。

hassさんのブログ記事がとてもよくまとまっているのでケリー基準についてはこちらをまずは参考にしてください。

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投資のケリー基準

ケリー基準は、儲けの期待値と勝率から、1回の勝負に手持ちの何割の資金を賭けるべきか教えてくれる理論です。ケリー基準で求められる掛け金の割合をかけ続けた場合、元本が最も効率よく増えていきます

ほとんどの本で紹介されるのは、コイントスやブラックジャックのような、1回の勝負の勝ち負けとその報酬がはっきりしているようなギャンブルの事例です。ただ英語版のWikipediaや、hassさんの記事に紹介されているように、ケリー基準を株式投資の世界に当てはめるという研究もされています。株式投資では勝負に回数のような区切りがないということや、得られる報酬や勝率が連続値だったり確率分布であらわされる点はギャンブルとは少し違います。

投資におけるケリー基準では、リターンやリスクを正規分布に近似することでこのような結果がえられます。

fがケリーの1回あたりのエクスポージャー、rはリスクフリーレート、μが期待収益率、σ^2は分散です。

この数式が意味することは、最も効率よくお金を増やすための投資のエクスポージャーは、リターン(からリスクフリーレートを引いたもの)に比例して、分散に反比例するということです。(理論的には)

もう一つ、リスクフリーレート自体は通常はLIBORのように調査可能な値を使うことになると思います。すると、ケリーの数値を求める際の分子は金利に大きく依存することになります。μやσの変化を予測するのは困難でもリスクフリーレートとして妥当な数値の変化は調べれば分かるようにも思います。そもそもμからrfを引いた値(リスクプレミアム)が一定になる、と考える方法もあるかとは思いますが、ポートフォリオ自体のμを一定にするという立場であれば金利が高いときはレバレッジは低くして、金利が低いときはレバレッジを下げる、というのは理にかなうかもしれません。

この公式が妥当だとすると、リターンリスク比に優れるようなポートフォリオでは、理想的なエクスポージャーがかなり大きくなってしまい、レバレッジをかけたポートフォリオが推奨されるようになります。

オールウェザーポートフォリオでのケリー基準

オールウェザーポートフォリオ
Allocation
US Stock Market
30.00%
Intermediate Term Treasury
15.00%
Long Term Treasury
40.00%
Gold
7.50%
Commodities
7.50%

例えば、私が好きな低分散のオールウェザーポートフォリオでは、リターンが年率6%リスクが年率6%程度と言うような結果が出てきます。(Portfolio visualizerより)

Portfolio
Initial Balance
Final Balance
CAGR
Stdev
Best Year
Worst Year
Max. Drawdown
Sharpe Ratio
Sortino Ratio
US Mkt Correlation
All weather
$10,000
$22,200
6.54%
6.81%
13.94%
-3.66%
-14.75%
0.84
1.25
0.55

CAGRは幾何平均なので、(期待成長率 – 分散/2)に相当してしまいますが、ざっくりとここに先程のケリー基準をあてはめる(リスクフリーレートを4%として)と、理想的なエクスポージャーは、手持ちの5倍以上と言う値が出てきます。なんとなく、5倍は少しリスク取りすぎじゃないのかなと思ってしまいますが、これを簡単に定量してみます。

シミュレーション

前提として、1年辺りのリターンが常に一定の正規分布に従う事を想定します。レバレッジをかけるので、先物などの取引によりアセットを購入して運用することを想定して、1回(1年)あたりのリターンは6%の期待値からコスト(=リスクフリーレートに相当)として4%を引いた値を期待値として、標準偏差が6%の正規分布に従うものとします。この投資を100回繰り返したときに、エクスポージャーの量に応じてリターンの分布がどのように変わるのかをまとめてみました。値は乱数から生成して自己相関は想定していません。

Pythonでプロットしたのが以下の図です。横軸はエクスポージャー(レバレッジ)、右に行けば行くほど多くの割合の金額を投資していることになります。縦軸はリターンです。左の図では、縦軸がそのままの数値ですが、右側で急激にリターンが増えるのが読み取れます。これでは変化が読み取りにくいので、リターンに底が10の対数をとって右に表示しています。

緑色の線は、期待値(平均値, mean)です。黄色い線中央値、つまり上位50%の人が受け取るリターンです。期待値はめちゃくちゃ儲かった人が牽引するため、レバレッジをかければかけるほど上がっていきます。しかし、中央値に関してはある一定を超えると下がり、しまいには赤い線を越えてどん底に落ち込んでしまいます赤い線元本を示します。黄色い線が赤い線を下回るエクスポージャーでは、半分以上の人が損をするあるいは破産してしまいます。

注目すべきは、中央値が最大になるレバレッジの値は大体5倍になります。これはケリー基準で求めたエクスポージャーとほぼ一致しています。ケリーで求めたエクスポージャーは、半数の人が達成し得るリターンとして最も高くなるレバレッジと一致することがシミュレーションからは示唆されました。

一方で、気をつけなくてはならないこともあります。図で表された濃い青の帯下位16%〜上位84%薄い青の帯下位2%〜上位98%のリターンに相当します。リターンが想定より控えめだった場合は、レバレッジをかけすぎると破産する割合はどんどんと高くなります。しかもこの想定での1年あたりのリターンは正規分布に基づいたもので、実際の株式市場ではもっと裾野が広い分布を示すことが多く、破産する確率はより高い可能性があります。

つまり、ケリー基準は、半分の人にとっては最も効率よくお金を増やすエクスポージャーではあるものの、Point of No Return、つまり破産の可能性を高める一歩手前のエクスポージャーでもある、と解釈できそうです。例えば、予想していたリターンよりも実際のリターンが低かった場合や、予想していたリスクよりも実際のリスクがもっと高かった場合などは、想定していたよりも破産する可能性が上がります。破綻したヘッジファンドLTCMでは過剰なレバレッジが破滅を導きました。

レバレッジ毎のリターンの分布を見てみる

この条件のシミュレーションで、レバレッジを動かしたときに、100回施行を繰り返した後のリターンの分布をヒストグラム(頻度分布)にしてみました。左側のリターンは、通常のスケール(10だったら10倍)です。通常のスケールだと、右側に非常に裾が長い分布になってしまうため、リターンを対数(底は10なので0が1倍、1が10倍)にとると、左右対称な綺麗な分布になります。複利で得る投資リターンの分布は、対数正規分布的なものに近づくということでしょう。

以前の記事で、最適なレバレッジを求める実験をしましたが、それに近い分析です。

エクスポージャー = 100%


これでフルインベストなのでそれなりにリスクを取っています。平均が7倍、中央値が6倍、しかも、100%の人が得をしている。安全な運用したい人はこの程度が良いでしょう。ただし、このシミュレーションではリターンからリスクフリーレートを引いているので、実際にはもう少し良いリターンを期待しても良いと思います。

エクスポージャー = 200%

レバレッジ2倍は、ETFで実現可能なレバレッジをかけたオールウェザー戦略(SPXL: TMF: AGG: IAU: GSG = 20: 25: 25: 15: 15)に相当します。この運用では、平均が50倍、中央値が30倍と、レバレッジをかけないよりもかなり大きなリターンが期待できます。しかも、100回繰り返した後の勝率は100%に近い。

エクスポージャー = 500%

レバレッジ5倍は、普通に考えるとレバレッジを効かせすぎなんですが、ケリー基準ではこれが最適とされています。レバレッジ5倍の時は、平均値がなんと10,000倍、中央値は100倍と、ものすごいリターン。 100回繰り返した後、損をしたのは全体の5%でした。ただし、気をつけなければならないのは現実的に100年運用できる個人はいないので、不運が続いた場合の途中経過は必ずしも得をしているとは限らず、一時的に元本割れをする可能性は高いことです。

エクスポージャー = 1000%

レバレッジ10倍は、個人投資家が普通にかけるレバレッジではありません(5倍もですが)。この時は、平均値は4,000,000倍ですが、中央値はほぼゼロになります。損をする確率は70%。レバレッジをかけすぎると一握りの人がとんでもなく成功する(そのせいで平均値は上がる)一方で、ほとんどの人は一文無しになってしまうと言うことです。正直言って、起業家でもこんなに過大なリスクを取らないと思います。確実に言えるのはケリー基準を超えたエクスポージャーは取るべきではない、ということでしょうか。

最後に

レバレッジをかけることによる、リターンの分布の変化がお分かりいただけたでしょうか。ケリー基準は、効率的な戦略を教えてくれますが、実際のリターンの分布は、正規分布よりもさらに裾が広い分布をしているため、このシミュレーションよりも損をする可能性は高くなるはずです。

ケリー基準は、多くの人にとって(少なくとも半分の人にとって)リスクが高すぎると思います。ウォーレンバフェットなどの有名な投資家もケリー基準を使うと聞きますが、ケリー基準の半分だったり4分の1を用いる値を採用することが多いと聞きます。これが市場に残るためのポイントなのでしょう。それでも低リスクのポートフォリオではレバレッジが許容されてしまいます。リスクテイカーは普通はレバレッジではなく、リスク資産を増やすことで対応するとおもいますが。

過剰なレバレッジをどうしても掛けたいという人はETFなどのオプションを使えば実現はできますが、なんとなくで試すのは激しくおすすめしません。

レバレッジも辛味と同じで、あまり増やしすぎると毒になるということですね。

最後に、マニアックな数学的な話のアイディアのメモなので読み飛ばしてもらって結構です。
今回のリターンは毎回ランダムに、正規分布を出力しました。正規分布のパラメータであるμ(期待値)、σ2(分散)は定数としています。つまり、R(return) = N(μ, σ2)という仮定で式を置いて乱数発生によりリターンを発生しています。問題点として先程挙げた「そもそも正規分布ではない」という点もありますが、他の考え方もあるように思います。というのも、リスクパリティ戦略などでエクスポージャーを変化させるヘッジファンドが多かったり、特定の国の、特定の株式をある時点で購入することであきらかに高い確率で高いリターンを得ている投資家がいることを考えると、(可能かどうかは別としても)リターンはある程度予測可能、つまり期待される確率分布が変化するという仮説も成り立つと思います。とすれば、正規分布のパラメータを時間(t)依存あるいは時間に依存するハイパーパラメータδによる確率分布で表すようなモデルに従う戦略も考えうると思います。その時の予測リターンはR(return) = N(μ(t), σ(t)2)あるいはR(return) = N(μ(δ, t), σ2(δ, t))のような形式を取れるかもしれません。実際にはこの短期的なリターンの確率分布であるこのμやσを予測すること自体ができればそれだけで勝率を高められることになるので、難しいこと言わずアセットを選べばいいじゃないか、ということになりナンセンスな議論ではあります。しかしもしある程度でも予測ができるのであれば、ケリー基準による戦略を一歩進めることが可能です。それは、E.ソープがブラックジャックでやったように、ある時点でのエッジや勝率(今回でいえば予測リターンや予測分散)に応じて、リスクをコントロールすることができるということです。つまり、期待値が高い時にはよりレバレッジを高め、期待値が低いときにはレバレッジを低くするという戦略が成り立ちます。その時々の市場環境を読んでエクスポージャーを変化させるファンドマネージャーの中で長年成功している人の中にはこうした能力がある人もいるように思います。

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