NIKEの共同創設者のフィル・ナイトが書いたNIKE創世記の自伝。自伝としてはかなり面白かった。NIKEの前身となるブルーリボン創業のきっかけになった世界一周旅行から、NIKEの株式上場までのエピソード。NIKEとAppleの上場の日程はすごく近かったらしく、インド旅行が人生を変えるきっかけになり、Appleを創業したSteve Jobsと少し重なった。そういえば、Steve Jobsの自伝(生前にWalter Isaacsonに依頼して書かせたもの)を元にしたSteve Jobsの映画も上場のシーンで終わっていた。
ギークなジョブズとスポ根のフィルは性格も大分違うようだが、二人ともとにかく信念を元に突き進んだという点では共通している。
本書から伝わってくるフィル・ナイトの人生は冒頭で述べられたセリフに集約される。
1962年のあの日の朝、私は自分にこう言い聞かせた。馬鹿げたアイディアだと言いたい連中には、そう言わせておけ……走り続けろ。立ち止まるな。目標に到達するまで、止まることなど考えるな。〝そこ〟がどこにあるのかも考えるな。何が起ころうと立ち止まるな。
フィル・ナイト.SHOE DOG(シュードッグ)―靴にすべてを。
旅の効用
旅は人を大きく変えるのだろうか?フィル・ナイトを始めとして、イノベーションを生み出した多くの人の人生の中で旅は一つの転機として語られることが多い。
NIKEの前身であるブルーリボンは日本のオニツカの靴の販売事業から始まった。1960年代に世界を回るのは大変なことだ。親に頼って大金をもらい、ハワイから日本、アジア、ヨーロッパの国々を回る旅は人生に大きなインパクトを与えたようだ。
いや、戻ってきたのではない。自分の中には以前には戻れない何かがあった。 母が誰よりも先にそのことに気づいた。ある晩、食事の最中に私をしげしげと見てこう言うのだった。「以前より……世間がわかったみたいね」世間がわかったんだ。きっとそうだ。
フィル・ナイト.SHOE DOG(シュードッグ)―靴にすべてを。
恵まれたアメリカで、裕福な家庭で大事に育てられ、オレゴン大学からスタンフォードのMBAというエリートにとっては、一人の足で世界を見るインパクトははかり知れない。
敗戦から立ち上がりつつある日本の雑踏、鬱蒼としたアジア、チベットの偉大な山々、ギリシャの神殿やエジプトのピラミッドのような人類の文明の遺産に触れた事は生涯の記憶になっているようだ。後にNIKEのブランド名とこの旅を紐付けするような回想からも、それが伺える。
この旅で突然訪れた神戸のオニツカとの商談をきっかけにしてフィル・ナイトはオニツカの靴の販売代理のビジネスを立ち上げることになる。
フィル・ナイトの旅の2つの目的は日本とギリシャを訪れることだった。ギリシャのアテナ・ニケ神殿は特別な場所として語られる。ニケはギリシャ神話の中で勝利の女神として知られる。ニケ神殿を舞台にした喜劇のタイトルが「騎士(Knights)」であったことや、神殿で見た靴紐をむすぶ女神など、自分やNIKEと重ね合わせる記述も多い。
脱線するが、私もつい最近東欧の旅行に行ったばかりで、ブログのメインビジュアルはその時に取ったDubrovnikの写真だし、twitterのメインビジュアルはギリシャのSantoriniの写真だ。この時の旅行は本当に素晴らしくて、今後も燦然と輝く記憶に残ると思っているので本書の旅が与えるインパクトの強さは妙に納得が持てた。気が向いたら東欧の素晴らしさの記事でも書こうかと思う。
勝利への執念
本書ではビジネスを戦争に例える描写が度々でてくる。このSHOE DOGは巨人ゴリアテとアキレスの戦い、つまり当時世界最大のスポーツメーカーであるadidasを弱小であったブルーリボン(現NIKE)が倒す物語でもある。
創業当初、オニツカの靴を売るビジネスを始めたばかりの頃は自宅の一室に靴を取り寄せてそれを地道に売るだけだったし、フィル・ナイト本人も会計士や、大学の教員をしたりと副業のような位置づけだった。しかし、売上は毎年倍増していき、その規模の組織を支えるためにある時からはブルーリボン社に懸かりきりになる。
会計士なのに常にギリギリのキャッシュフローでいつ倒産するか分からない不安定な状況で営業を続ける会社。オニツカからの商品がなかなか届かない、銀行の融資を断られて破産寸前になる、オニツカとの訴訟問題、などなど幾多の苦難を超えてNIKEは成長した。今でこそ世界一のスポーツメーカーとなったNIKEだが、創世記はまさしくベンチャースピリットそのもののだった。
それにしてもフィル・ナイトほどガッツという言葉が似合う経営者はなかなかいないだろう。元々中距離のランナーで、共同創業者のバウワーマンに鍛えられていた彼は会社経営の困難においても常に勝利を目指してチャレンジを続ける。オニツカの契約が解消されそうになれば自社ブランドを立ち上げ、キャッシュが燃え尽きそうになっても決して火を絶やすこと無くバランスシートの拡大を目指す。ただ上手く解決することでなく最良の形での勝利をもぎ取ることに価値を感じ、全力で行動することでNIKEは成長していった。
本書は1960-70年代の昔のNIKEの話が中心で、1980年代以降のNIKEはあとがきで軽く触れられるに過ぎない。
戦いに赴くアスリート達を鼓舞し、勝利をもたらすニケの代理として、NIKEはその後も世界を代表とするアスリートに愛用されるようになり、今の地位を築いていった。弱気になったときにも勝利への執念とベンチャースピリットを忘れるな、というフィル・ナイトの言葉が聞こえそうである。
NIKEのwebサイトでは”To bring inspiration and innovation to every athlete in the world.”というmission statementが紹介されている。
戦わなければそもそも勝利はないし、負けたら当然勝者としては君臨できないのだ。 臆病者が何かを始めたためしはなく、弱者は途中で息絶え、残ったのは私たちだけだ──。
フィル・ナイト.SHOE DOG(シュードッグ)―靴にすべてを。
ところで、フィル・ナイトの資産総額は2017年時点で291億ドル(日本円換算で3.3兆円)だそうな。戦いに勝ち続けた勝利の果実もすごい。
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