現代技術が明かす古代の人類史
古代の人類はアフリカで生まれ、アフリカで育ち、そしてアフリカを出たホモ・サピエンスと呼ばれる新人類は世界各地に広がって現代に至るまでに繁栄した。と、つい最近まで教えられてきたかもしれない。今この記事を読んでいる方もそう習ったかもしれない。
しかし、近年発達してきた遺伝子の解析技術はこうした従来の見方に一石を投じている。人類は一旦アフリカを出た後にユーラシア大陸で進化して、その後アフリカに戻って、その後にホモ・サピエンスは再びユーラシア大陸に戻っていった、と、そんな学説が最新の技術を使った解析の結果、もっともらしく浮かび上がっているという。
体細胞を主に構成する遺伝子、性別を分ける染色体の分析、母から子供へ遺伝するミトコンドリア、など、我々の体は特徴的な遺伝の形式を持つものから成り立っている。これまで発見された古代の人類からDNAを抽出して分析することで、このような成分の構成から、異なる古代のDNAがどのような共通の祖先をいつ頃の時代に持つかを分析することができる。つまり、遠く離れた2つの個体、例えば台湾に眠る古代人類と、イギリスに眠る古代人類が何万年前頃に共通の親を持っていたか、ということがわかるようだ。
かつては人類の分類を行うために骨格の形態の観察などに頼っていたのが、こうした遺伝子解析技術が導入されることによって、格段に正確な情報がわかるようになった。
古代の人類同士の共通祖先がわかるだけでなく、このような技術は更に現代の人類のルーツを探すことにも使うことができる。現代のヨーロッパ人がどこからやってきて、どのように交わっていったのか。インド人が伝統的に受け継いできたカースト制度によって、インド人の多様性がどのような特徴的なパターンを示すようになったのか。大洋を航海して広がった太平洋の島々の人々のルーツはどこにあるのか?初めてアメリカ大陸に渡ったのは誰だったのか。現代人類にも受け継がれた遺伝子はこれらの疑問の手がかりになる痕跡を残している。
本書はこうした研究の第一人者が書いたものであるが、専門的な用語は少なく、高校生の生物程度の知識があれば理解できるように、分かりやすく研究の内容と研究から明らかにした知見がまとめられている。そして、これらの研究結果を得るに当たり、遺伝子を扱う際の倫理的なハードルや、かつて知識なく悪用された優生学の過ちといった社会的な問題点について触れられる。また、かつての悲劇への反発でタブーと化してしまったが一部に隠れている事実から目を背けるべきでない、という主張もなされている。
かつて滅んでしまったネアンデルタール人の遺伝子の一部は現代の人類にも実は受け継がれている、という説を知ったのは何年前のことだったか。その以前にネアンデルタール(John Darnton)という、彼らが現代に生きていたら?というような内容のSFを読んだことがあったが、それが書かれた頃に考えられていたよりもサピエンスとネアンデルタールは近しい存在だったかもしれない、というのは自分としては衝撃的だった。サピエンス全史も人類学に興味を掻き立てるような内容だったが、本書はよりサイエンティフィックな観点から、現代の人々に繋がる手がかりを知ることができる。
あと、蛇足ではあるが、医学的にも非常に興味深い。アシュケナージ系のユダヤ人にはテイサックス病やゴーシェ病、マラリア流行地域には鎌状赤血球貧血症、といった人種に結びついた遺伝的疾患があることは古くから知られていたが、現代は人種ごとの遺伝子頻度と、薬の代謝や、体質などの関連が徐々に知られるようになってきた。今後、こうした人種ごと、あるいは個人ごとの遺伝情報へのアクセスが容易になったとき、今まで以上に人種や個人の差異というものが、差別とは異なるフラットな目線で語れるようになるのではないかと思う。
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