3部作に渡ったギリシア人の物語の最終巻。昨年ギリシャとエーゲ海を旅行するに当たってまずは歴史を知ろう、と思い立ったためこのシリーズを読み始めた。実際に訪れたアテネやエーゲ海に浮かぶサントリーニ島は素晴らしく、最高の旅行になった。古代ギリシャ文明時代のアテネに遺るパルテノン神殿は壮大で、エーゲ海の島々の文化はさらに古くからあったものだ。(それと、サントリーニ島は最高のリゾート地だった。)あまりにも良かったので最後の第3巻も読まなくてはならない気持ちにかられていた。アテネ凋落の時期に重なったペロポネソス戦争以降のアテネからはヒーローは出てこない。しかし、アテネはソクラテス・プラトン・アリストテレスのような現代にまで名を残す哲学者を輩出しており文化面での影響は強い。第3巻ではソクラテスの死と、その後に続く短いスパルタ・テーベの各都市国家がかりそめの覇権を手にした時代が描かれる。そしてメインとなるのはその後に勃興したマケドニア王国のフィリッポス2世と、その息子のアレクサンドロス3世による東征である。アレクサンドロス3世以後の話はエピローグ程度に語られる程度でギリシャ人が中心となった歴史が終わる。
都市国家ギリシャの衰退
ペロポネソス戦争に敗れたアテネは衰退した。経済圏を断ち切られ・戦力を削られた。テミストクレスのような英雄やペリクレスのような優れた政治家もおらず、アテネは支配的地位をスパルタに明け渡した。しかし戦闘力だけのスパルタにはギリシャ世界をまとめることはできなかった。わずか数十年後に中規模のポリスに破れてしまう。経済同盟を断ち切られた敗戦国のアテネも復活はできず、マケドニアに敗退したことで歴史の主役の座には返り咲くことはできなかった。
パワーの面ではアテネはかつての座を取り戻せなかったが、文化的には現代にまで脈々とつながる遺産を残した。アテネの衆愚政治により死刑に処せられたソクラテスの弟子たちは学問の拠点を作った。また、ギリシャ風の彫刻や建築様式はその後のアレクサンドロスの東征によりオリエントの文化と融合してヘレニズムとして日本にまで届いた。
アレキサンドロスの東征
ギリシャの都市国家が足の引っ張り合いをしているうちに北方にあるマケドニア王国が勢力をつけた。フィリッポス2世はマケドニアの軍事力を用いてギリシャの支配的地位に上り詰めたが、暗殺される。息子のアレクサンドロスはスパルタ教育を受け、アリストテレスによる教育を受けて育つ。父王が死んだ後、アレクサンドロスはその後をついで、東征に出ることになる。東征はギリシャが長年苦しめられてきたペルシャ王国との戦いである。ペルシャ王国は西はトルコの東岸、東はパキスタンにまでわたる巨大な国だった。その巨大な王国を小国のマケドニアとギリシャの連合軍が3度にわたる大合戦に連勝して追い詰め、ペルシャを滅ぼす。インドを目前にしたところでアレクサンドロスは仲間の兵の反対に会い、戻ることを余儀なくされる。そして次のターゲットをペルシャ半島に見定めたところで病に伏して32歳で亡くなる。アレクサンドロスのあまりに早すぎる死は統一された王国の維持を困難にして後継者争いにより王国は分裂してしまう。
アレクサンドロス以前のギリシャでアテネが築いていた経済圏はイタリアから黒海まで広がる地帯に渡っていたことに驚嘆した。今でこそ飛行機で数時間の距離だが、昔はその距離の移動には相当な時間がかかる。情報や物資を運搬するのにはさらに時間と労力が必要だ。しかし今回はさらに世界が広がる。ギリシャからパキスタンまでの距離はざっと5000kmくらいある。しかもその道中エジプトまでも手中に収め、各地に都市を建設、政治的な地固めを10年で成し遂げている。
とはいえ、東征の話は連戦連勝で一直線に話が進んでいくようで少し味気ない。ギリシャ人たちの物語は生い立ちや背景がわかるギリシャ人達の争いとしてスリリングに描かれるのだが、ペルシャの王国の歴史的な生い立ちは感情移入できるまでには紹介されない。ただ、地方を治める地方長官がいてペルシャの政治・軍事・経済に大きな影響を持っていたことは重要なペルシャの政治体系だったらしい。最終的に、戦いに負けるたびに逃げ帰るペルシャの王を殺害したのも彼らだった。少し悲しいペルシャ滅亡の瞬間だった。
戦争の古代
読んでいてシリーズを通して少し気になったのは、著者は書いているうちにヒーローに感情移入してしまうのだろうか、少しヒーロー達に肩入れをするようなところがあるような気がする。諸説ありという前置きはしながらもヒーローがよりヒーローらしく見えるような解釈が目立つ。大規模な戦闘は平原で行われ、市街地は平和裡に明け渡されることが多かったためか、東征での死者は後世のティムールやチンギスハンによる侵攻よりはかなり少ないとは思われる。しかし、古代の常識ではあるのだろうが戦争への敗北を喫した戦闘員は殺され都市の民間人は奴隷に売り払われるのが当たり前。部下の粛清など、残酷な描写も多い。ただ、そうした事も「そんなもんです」と言わんばかりに当たり前の事実として淡々と語られるのは少し恐ろしい。話は逸れるが、戦争や暴力を扱った本としてはまだ手が出ないがいつかSteven PinkerのThe Better Angels of our Nature (暴力の人類史)も読んでみたい。
古代世界を見るに、民主政や王政などの政治形態があったとしても本当に栄華を誇る時代にはかならず優れたリーダーがいて、彼らが導くことで国は栄えている。歴史が語られるときには必ずその時代を代表とする人物にフォーカスが当たるからなのかもしれないが、優柔不断な人物には国や大きな組織を先導することはできない。直後に続くローマ世界も五賢帝の時代に最も栄えているし、現代に至っても第二次世界大戦を語る時には各国のリーダー無しには語れない。
最後は戦闘に次ぐ戦闘からのリーダーの急死でギリシャを中心とする歴史は急に終わりを迎えた。しかし、戦争が絶えない時代で戦争の司令官としてでなく、政治家として現代にまで名を残したペリクレスはギリシャ史の中でも抜きん出ている。戦って勝つよりも戦わずして平和のうちに発展をするのが一番良いに決まっている。世の中がwin-winに収まるためには交易によりお互いの強みを生かしていくことだと歴史が示している。ギリシャ時代の始まりから終わりまでを見て、本書を読み終えて映画を見終えたような気分で本を閉じた。
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