食の終焉(ポール・ロバーツ)

 

食の終焉

食の終焉

 

  

 以前にもブログで取り上げたThe rational optimist : 繁栄 と対をなすような本。人間の食の文化がどのように発展してきたのか。巨大なフードインダストリーが発達して農産物の大量生産と加工や畜産が行われるようになったこと、技術の発達がどのように食料生産に寄与していったかを紹介。人類が繁栄して人口を増やしていったことは食料生産における数々のブレイクスルーが有ったからだということが良く分かる。しかし、現代の世の中でも富裕国が大量のカロリーを毎日消費してタンパク源に尽きない一方で、貧困国では食料生産が追いつかず経済的にも貧困で必要なカロリーが取れない地域もある。しかも現代のシステムが永続可能なモデルではなく、資源を枯渇させながら食料生産を行っていること、何らかのつまづきだけで飢饉を起こしうる事があるという。マット・リドレーは「技術革新があればきっと問題は乗り越えられるし、みんな頑張ってるから心配しなくても誰かがやる」といったまさにoptimistといった立場の語り口でこうした問題に対処が出来ると考えた。本書で紹介されている食料生産の革新的技術は人類の英知をまさに体現したもので感心するものであったが、決して筆者はその未来にまで楽観的でいるわけではない。変革を起こさなければ増え続ける人口を養うだけの食料生産は行えない事を強く憂慮している。エピローグでは本書の中で述べられた様々な問題点に対して具体的な対処法の提案がなされている。もちろんそれのみでは不十分であろうが、将来に対して決して悲観のみをしているわけではなく、将来に対しての希望ももっているのだろう。本書は、消費者の目線からではあまり触れられることのない食料生産の現場から流通までの多くの問題を読者にわかりやすく可視化してくれた。
 
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第一部 食システムの起源と発達
第一章 豊かさの飽くなき追求
人類の進化は食の変化とともにあった。人類は植物性食物から動物性食物へ食事を移行することでカロリー獲得を向上させ、体を大きく、脳を発達させた。そして農作を始めることで安定した食料生産が可能になり、人口が増えた。人口と食料供給のアンバランスにより幾度と無く飢饉が訪れた。しかしその合間も技術の発展により植物の交雑や化学肥料の合成が可能になり、更に高収穫が出来るようになった現代では集約性を高め、大企業が農作地を管理することで食料の生産は飛躍的に増え、人口は爆発した。
 
第二章 すべては利便性のために
ネスレを始めとしたフードインダストリーは巨額の利益を生むようになった。これらの会社は加工食品という、原材料に比べて高付加価値をもつ食料を市場に供給することで、自らのブランドを関した商品を高利益で家庭に売り、高収益を上げる事に成功した。加工食品を売るためにはブランドを活用するため、多くのものを高い値段で売るために広告が効率的に利用されている。商品は各人種の嗜好に応じたものを売られることも多いが、商品により新たな嗜好を生むという売り方もされている。先進国では加工食品やファーストフードにより伝統的な食事の習慣は徐々に失われてゆき、より手軽に素早く準備ができる食品に食生活は取って代わられつつある。
 
第三章 より良く、より多く、より安く
食の流通システムのなかで、多くのチェーンを展開して消費者に対しての販売の大部分を担うような巨大なスーパーマーケットの組織は上流の食料の供給に対して大きな力を持つようになっている。巨大な小売業は生産者に対して価格圧力をかけることができる上に、圧力に抗する生産者とは契約をしないという選択もあるがゆえに、生産者は小売業の支配下とかした。食肉産業では小売業が求める品質のものを限りなく安く生産するために品種改良や飼育方法の洗練がなされた。しかし、どれだけ努力しようとも利益率が上がることのない仕組みの中で生産をするしかなくなっている。
 
第四章 暴走する食システムと体重計のメモリ
先進国で食料の供給が増えるに連れて、個々が消費する食料が増えていった。人間が長い年月で収支を細かく合わせていたカロリーは現代では増えすぎている。果糖などの人工物や、脂肪を多く含む食品などは人間が好むようにできているがゆえに麻薬のようにその魅力から抜け出せないものとなっている。食品業界はそうして一人あたりの消費カロリーを増やすということまで前提にビジネスを展開しており、消費者の気づかないうちに「一人前」の量が増えていることもある。この状況を経て、アメリカでは体重超過の人々が30%ほどにもなり、ヨーロッパや新興国でも肥満が増えるようになった。
 
第II部 食システムの抱える問題
第五章 誰が中国を養うのか
中国は超過した生産をした国々の食料の受け皿として期待されている。中国は文化大革命において多数の餓死者を出すなどとして政策として食料の生産に失敗してきたが、自由化を進めて以降独自の農業文化を発展させるようになった。小規模農家が多いことはアメリカなどの生産方式とは異なっているが、土地辺りで生産する食料の量はアメリカよりも効率が良く、綿密な農業を行っている。アメリカは過剰生産になった自国の食料を他の国に買い取らせるための外交を行っている。アメリカの農業生産物の競争力が高い一因は国が農地に対してお金を払っていることもある。
 
第六章 飽食と飢餓の間で
アフリカ諸国では現代でも飢餓に苦しむ人々が多い。食料生産が上手く行っていないこと、政府の制度の問題によるものなどが原因である。緑の革命によって一時期アフリカの食料生産は増えたが、土地の消費により、安定した食料生産ができなくなり、最近では一時期の昔とくらべても土地辺りの食料生産が減ってしまった。一方で高い人口増加率のアフリカ諸国は飢餓に苦しむことになる。現地原産の食物の生産が一番良いということなのだろう。ブラジルは以前はコーヒー豆の市場のシェアで抜きん出ていたが、最近ではベトナムケニアなどその他の国々の商品にも押されるようになった。しかし各国がコーヒー豆を生産することになったため、豆の値段は暴落した。他の穀物などでも生産が増えたことで価格の暴落が起こっている。消費者にとっては良いことであっても、生産者は高く売れない商品により利益を得ることが難しくなり、更に増産、価格破壊が起こるスパイラルが起きている。
 
第七章 病原菌という時限爆弾
病原性大腸菌サルモネラ菌プリオンといった感染性を有するものをもった食品はなかなかなくならない。病原性大腸菌はごく僅かな量が体内に入るだけで体に強力な影響を及ぼしうる。また、サルモネラ菌のために命を落とす人々が毎年アメリカだけで数百人も存在する。家畜から伝染しうる病気でもかつて人類の大量の命を奪われたことがあり、鳥インフルエンザが一度猛威を震えば世界の人口のうち数千万人の命と数十兆円にも及ぶ経済的打撃を及ぼす可能性がある。食の安全性はこういった障害により阻まれているが、安全性を確実に獲得することは難しい取り組みであり、コストが非常にかかるため、結局は消費者でさえ安全性を確保するための付加価値に対して費用を支払いたくないのが現状である。
 
第八章 肉、その罪深きもの
現在世界で生産されている穀物は人間だけでなく家畜を育てるためにも大量に用いられている。牛肉を生産するには鶏肉よりも多くの穀物コストが必要となり、世界の国々で肉類の消費が増えればそれだけ飼料需要がその量よりも遥かに多く増えることに成る。合成窒素を用いて穀物を増産する現代の食料生産モデルも永遠には続かず、燃料費の高騰により失速する可能性がある。また、外部コストとして、水資源も無限ではない。また、土地も消耗品であるため、世界の増え続ける穀物需要を賄うための生産を増やし続けることはできない。
 
第III部 食システムの未来
第九章 遺伝子組み換えかオーガニックか
遺伝子組み換え食品により、除草剤に強い品種や、早く成長して、理想的な実を実らせる植物が生み出され栽培されている。遺伝子組み換え食品で食料生産が非常に効率的になったという面はあるが、その安全性は確立されていない。また、仮に消費者に被害が出たとしてもその立証は大変難しい。アメリカでは新たな勢力としてオーガニックやオルタナティブ農業が新たに流行っている。小規模の農家からはじめられたそういった取り組みも技術の発達により、高集約な農業と肩を並べるような生産性まで高めるポテンシャルはあると思われるが、それのみでは問題を解決することは難しいと考えられている。
 
第十章 新しい食システムを求めて
これまでの食料生産モデルの問題点を受けて新しい取り組みは数多くなされている。海産物は牛や鳥などよりも与えられた餌に対して生産する肉の量が多く、効率的な生産が可能である。しかし沿岸の水質汚染などの問題がある。持続的な食料生産を他征するためには新技術のみならず、食料生産に対する考え方を根本的に変える試みが必要だ。日本の合鴨農法のような循環式生産モデルや、輪作などを行う方法などの、複合農業は現代の大規模農家が行う単一農業よりも遥かに複雑であり難しい。食料の流通を変え、地産地消のモデルを取り入れることも試みとしては行われている。
 

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