いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学(センディル ムッライナタン)

Book

時間に追われている時、目先の目標に集中するあまり周りが見えなくなる。本書はさまざまな実験で検証された、欠乏が人の心にもたらす影響を教えてくれる。

欠乏は集中を生む。

「夏休みはあと1日しか無いのに手付かずの問題が残っている」
「今晩が締め切りの仕事があるので脇目も振らずに仕事に打ち込む」
といった経験がある方は多いのではないだろうか。時間的・金銭的な余裕が無いときは人は目的に向かって集中力を高めて火事場の馬鹿力を発揮する。余裕が無い人の集中を科学的に実証した研究はいくつも存在し、本書ではそれらが紹介されており、「種銭が少ないゲーム(ギャンブル)では集中力が高まる」といった実例が実際にあるらしい。一方で欠乏から起こる集中は諸刃の剣だ。集中する代わりに他のことに気が回らなくなる。この状況を本書では「トンネリング」と定義している。

欠乏は「集中」を生むと言う代わりに、欠乏は「トンネリング」を引き起こすと言うこともできる。つまり、目先の欠乏に対処することだけに、ひたすら集中するのだ。
センディル ムッライナタン; エルダー シャフィール. いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学 (早川書房) (Kindle の位置No.597-598). . Kindle 版.

 

欠乏の罠

本書では欠乏による集中のメリットよりはむしろデメリットの方が強調されている。欠乏の状態に陥った人はトータルでは損をする。余裕の無さは知性にも悪影響を与えて、処理能力を低下させる。落ちた判断力のままでは当然欠乏状態から脱するのは難しくなる。余裕なく過ごすことの悪影響は睡眠不足状態にも似ている。
「そもそも処理能力が低いからその人は余裕がない状況になるのでは?」という疑問に対しては、農民を例に本書は答える。収穫期を過ぎた農民は収入を得て豊かになるが、収穫前は蓄えが減り、欠乏の状況に陥る。農民は蓄えがないときには明らかに集中力が落ちてしまう。同一人物でも欠乏により大きく集中力が変化してしまう。

欠乏は処理能力に負荷をかけるので、流動性知能を低下させるだけでなく、自制心を弱める可能性もある。
センディル ムッライナタン; エルダー シャフィール. いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学 (早川書房) (Kindle の位置No.1087-1088). . Kindle 版.

もっと一般的に言えば、欠乏の罠はたんなる物理的な資源の不足ではない。その根っこにあるのは、事実上の不足が発生するような誤った資源の使い方である。それはつねに一歩遅れることであり、つねに前月の費用を支払うことである。自分の持っているものが少ないように見えたり感じたりするような、管理と利用の仕方である。最初の欠乏が、それを悪化させる行動によって、いっそうひどくなる。
センディル ムッライナタン; エルダー シャフィール. いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学 (早川書房) (Kindle の位置No.2419-2423). . Kindle 版.

欠乏の罠をクリアするヒント

本書では上述のような欠乏の罠をクリアするための明快な解は提案してくれない。ただ、欠乏した状況の対比にある、余裕がある状態、つまり「スラックがある状況」では欠乏した人が抱える問題は起こりにくいということでもある。

あまり忙しくない人の場合、スラックがまちがいを吸収するので、影響は最小限にとどまる。それにひきかえ多忙な人は、そう簡単にそこから脱することはできない。
センディル ムッライナタン; エルダー シャフィール. いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学 (早川書房) (Kindle の位置No.1597-1599). . Kindle 版.

どちらかと言うと、欠乏は人を大きなまちがいへと導く。処理能力に負荷がかかると、人はまちがいを犯しやすくなる。多忙な人はさらに大きな計画錯誤を犯しやすい。なにしろ、まだ最後のプロジェクトに対応する必要があるので、気を取られ、振り回されている──計画錯誤の道をまっしぐらだ。処理能力が低下していると、衝動に屈しやすく、誘惑に負けやすい。スラックがほとんどなければ、失敗する余地がほとんどない。そして処理能力が低下していると失敗しやすい。
センディル ムッライナタン; エルダー シャフィール. いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学 (早川書房) (Kindle の位置No.1625-1629). . Kindle 版.

自転車操業の業者は、借金を抱えてギリギリの財務で事業を続けることにより貧困から抜け出せなくなる。しかしスラックが有る(資金的余裕がある)業者は資金を元手にさらに事業を拡大をしていくことが出来る。
投資の感覚からするとごく当たり前で、借金を抱えると利子によりムダな支出(何も生み出さない支出)が増える。一方で余剰資金があれば投資に回し、その投資がさらなる利益を生んでくれる(複利効果)。余裕がない人は少し事業が不安定になるだけでその損から大きなダメージを受けるが余裕があればそのダメージから来る影響を最小限にすることが出来る。

欠乏の罠から抜け出すための幾つかの提案

本書を読むといかに欠乏が私達に悪い影響を及ぼすかがよく分かるが、残念ながらこれに対しての特効薬は無い。資金のない人が資金を増やすためにお金を借り入れたって借金が増えるだけだし、時間がない人の一日は25時間にはならない。時間の欠乏に対処するために睡眠時間を削ったって良いことにはならない。
本書が示唆する対処法とは、

  • 欠乏の悪影響を理解する
  • 欠乏に備える蓄えを用意する

などだ。お金の余裕があるときには無駄遣いするのをやめる、時間の余裕があるときこそ片付けるべき仕事を片付ける。こうした余裕を作る行動が大事だということだ。

トンネリングを利用して生産性を高められないか?

本書の内容は科学的に書かれているおり目新しく一見見えるが、実際には多くの人が経験的に知っていることなのではないか。誰しもが何かしらの欠乏に至った経験があるし、それによって失敗したことがあるのではないかと思う。一方で欠乏がもたらす火事場の馬鹿力もきっと知っているはず。

多くの人がタスクを期限ギリギリまで先延ばしにしてしまう原因は、タスクが大きすぎてどこから手を付けていいのかわからなかったり、想定していたよりもタスクが大きかったりすることによる。例えば図のA地点までタスクが進んでいると思っていたら、B地点までしか到達していないなんてことは往々にして起こることで、締切が迫るに連れて時間の欠乏に悩まされるようになる。

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トンネリングが集中を生むのであれば、トンネリングをシミュレーションすることで生産性を高められるはず。目の前の仕事に集中できれば生産性の高い人間になることが出来るかもしれない。月並みだが、タスクを分解して期限を設ける事は効果があると思う。プロジェクトの完成までの青写真を細分化して描くことができれば締切に何度も追われることはあってもスケジュールさえ管理してしまえば仕事が不安定でもダメージは少なく、細かいタスクは重みも想像しやすい。タスク毎にトンネリングの状況を生み出すことでサクサク物事が進められるかもしれない。

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ここにさらにスラックを作るにはストレッチが必要になる。よく言うストレッチゴールだが、達成基準を超えたゴールを設定してそこに向かってプロジェクトを進めることで(本来の意味とは違うが)スラックを生むこともできるのではないか?

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まあ、言うは易く行うは難し、ではあるが、時にはこんな風に自分を追い込んで行くと気づいたときには成長ができるのかとも思う。もっとも、私自身、ブログで記事を毎日書き続けるとかそんな事ができない人間では有る。

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