日本の思想(丸山真男)

 

日本の思想 (岩波新書)

日本の思想 (岩波新書)

 

 

I 日本の思想

II 近代日本の思想と文学

III 思想のあり方について

IV 「である」ことと「する」こと

 
1961年に出版された本。日本の近代の思想は欧米からさまざまな思想を取り入れようとしたが、それは表層的なもので、各分野としては世界に開かれているものの内部での繋がりを失ってしまったタコツボ型のものになってしまった。50年以上前に書かれたものだが、日本は当時からの課題から未だに抜け出せていない。全体は4章のそれぞれが独立した章からなっている。前半の2章は論文調で難しいが、後半2章は講演から書き起こしたものだそうで、分かりやすい文体でかかれている。後半から読んだ方が理解はしやすい。
 
III章では、欧米の思想、科学をササラ型、日本のそれをタコツボ型と例える。欧米では根を同じくしたところから科学が発展してきたがために、それぞれの分野の間には繋がりがある。しかし日本ではそれらが分野として確立してから日本に輸入されてしまったがためにそれぞれの根が断ち切られたように繋がりを失ってしまった。それをタコツボ型と呼んでいる。また、お互いの分野に対する偏見の強まりがそれぞれの理解を妨げている面もあるのだろう。
 
I、II章は論文調で書かれたもので語彙や文章も難解。I章では、日本が歴史的に継続的な学問を育ててこなかったこと、これまでに散々議論をしてきたことであっても、時代・場所が変わればまた新たに0から議論を開始しようとしてしまうことが問題として述べられている。学問が現実から離れ理論が独り歩きしているようなところがあるが、非現実的な事を議論しているだけのものは責任が伴わない。II章では日本の思想における問題点をケーススタディとして文学と政治において展開している。ここでも、文学的なものと政治=科学的なものといった対立構造の中で議論が進む。科学的なもの・理論的なものの代表としてマルクス主義が取り上げられているが、マルクス主義のアイディアは文学の世界でプロレタリア文学として統合された。様々な学問の共通するものなどに注目をして、統合を行う事の重要性に触れている。
 
前半部分は様々な思想家の基本的な知識と、終戦後10数年という、戦前の時代感の残り香がまだ残っている時代の背景を理解していないと具体的なメッセージが見えにくく、非常に読みにくい。ただ、一貫して述べているのが、日本の学問・思想・文化面も合わせて統合性がなく、全てたこつぼ型に発展してきてしまっていることの問題点の指摘である。この点に関しては50年以上経った日本でもまだ解決されていない、むしろ「日本ってこういうものだよね」という雰囲気すら感じてしまう。未だに理系と文系の溝は深く、どこもかしこも縦割りの区分が基本となっている。こうした垣根を超える、あるいは学問のルーツをたどる事で基盤を固めるという事が重要視されているためか、リベラルアーツ推進の運動が深まっているのだろう。しかし、リベラルアーツをなんとなく自分で勉強する人は多くても、現状の日本の指導者の中に深く様々な分野を理解して受け伝えていくことができる人や体制はまだまだ整っていない。専門家は専門家として「一所懸命」の精神で頑張り、突然変異的な天才は一流の成果をあげるのに、全体としての生産性や創造性にかけてしまうことの原因も本書で議論されている日本の問題に起因するところがあるのではないだろうか。

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