暴力と不平等の人類史―戦争・革命・崩壊・疫病(Walter Scheidel)

Book

厚さが5cmほどもありそうな本書は、人類史の数千年の中で、不平等を解消してきた大きなイベントについての考察を繰り広げる。ボリュームは満点だが、事例の解析が豊富なのと、経済学的に客観的な指標に基づいているので読みごたえがある。

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暴力的な4騎士

人類史においてこれまで不平等を決定的に解消してきたのは、いずれも非常に暴力的なものだった。大量動員戦争、変革的革命、国家の破綻、疫病の4つが挙げられている。本書ではそれぞれの要因について、歴史上起こってきた具体的な事例と共に、事例によって広がっていた格差がどのように解消されてきたかについてジニ係数などの指標を用いて例証する。

事例として挙げられるのは、国家間あるいは内戦での総力戦や、社会主義革命によるエリート層の没落や粛清の嵐、中国の王朝やローマ帝国の崩壊、ヨーロッパを襲ったペストの流行、アメリカ大陸に持ち込まれた疫病などである。

いずれの要因にも共通していえるのは、人口の数%〜数十%に及ぶ犠牲を伴い、富裕層の資産が貧困層にいたるまで再分配されることで、不平等が是正され、それが長期間に渡って影響が続いたということだ。一部はSteven Pinkerの暴力の人類史でも取り上げられる、凄惨な人類史の一面でもある。

逆に、これらのイベントが人類の不平等を平準化する役割をもたらしたとしても、どうも人間の社会は放っておけば弱者の富は強者に渡っていくものらしく、富裕層の富が崩れても数十年から数百年もすれば元通りになるらしい。ここの平和な期間の経済成長に関してはあまり本書では言及はないものの、4騎士でいくら暴力的に不平等が回復されたとしても、経済は壊滅的になっている印象しかない。中国やソビエトの社会主義などはイデオロギーとしてはそこまで暴力は必然ではないものの、不平等の是正の段階で数千万人が犠牲になり、経済も成長しなかった。中国が驚異的な成長を始めたのはあくまで市場を開放してからである。一方で、不平等が進行していく段階では少なくとも近代においては成長が見られていたように感じる。

人為的な、社会主義のような政策はたとえ不平等が改善したからといっても、痛み分けのような気はしてならない。もっとも、本書の冒頭で著者が指摘しているように、あまりに暴力的な不平等是正は別としても、不平等のレベルが低いと経済成長は早く、成長期も長くなるようなので、やり方次第なのだろう。北欧などは現代の先進国の中では経済成長、格差の点では一歩先んじているようには見える。

新たなる騎士

残念ながら、本書の中では、暴力的な手段以外に確実に有効と言えるような不平等是正の方向は見当たらない。しかし、これまでの歴史の中で不平等を解消したような暴力的な装置は時代遅れであるとしている。

高度化する兵器によって、総力戦はおそらく今後は起こらないとしているし、暴力的な革命もソ連の失敗もありそう簡単には起こらない。2020年に猛威をふるい始めたコロナウイルスにしても(本書が書かれたときにはこうなるとは思いもしなかっただろう)、死亡者の割合はペストには全く及ばないし、経済的にダメージをおっているのはむしろギリギリで生活をしている層にも感じられる。公衆衛生の発達は以前のような壊滅的な病気の流行に確実に対処ができるようになっているのではないか。

また、かつての不平等の是正の多くは利益を生む代表的な資産である土地の再分配に基づくことが多かったようだが、現代の社会では株式などの利益も大きいため、過去とはまた少し違ったパターンになるのではないかとも思う。

暴力的な装置の代わりとして、累進性の課税や、労働組合、成長、移民、教育などが取り上げられるものの、格差解消の方向に多少は働くものの、そこまで抜本的な解決にはなりえない。ヨーロッパで重視されるような大きな政府による再分配のシステムは給与でのジニ係数を可処分所得においては下げる効果も得られるようだが、この何年かのヨーロッパ経済の低迷を見るとそれが解答かどうかは私は確信は持てない。

一方で、多くの人が憧れるような、トマ・ピケティが指摘しているような資本からの収益や、金融界のエリート、グローバリゼーションはむしろ格差を広げる方向に世の中を変化させる。格差を広げるとはいえど、自身の行動の結果で見返りが得られるなら良いのでは、という考えも個々にはあると思うし、これらやイノベーションで成長してきたアメリカの例を見ると賛否両論に思われる。

最終的には、今後の将来の技術の進歩などもあり何が格差の解決策になるのかは本書を読む限りでは確信にはいたらなかった。ただ、暴力的な装置に関しては望むべきものでは無いのだろう。

アジビットバナジーのノーベル経済学賞受賞を見てから、貧乏人の経済学など、貧困問題の関連書籍を何冊も読んではいるが、これまでに意図的にこうした問題を解決できた経済政策は見当たらない。いずれにせよ、最低限度の生活を営めない層に対しては、富裕層が負担するかMMTのような政策が必要になる事もあり、それぞれの利益相反により、満場一致の解決策は無いような気がする。

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