4歳の僕はこうしてアウシュヴィッツから生還した(マイケル・ボーンスタイン)

 

ナチスによるユダヤ人の大虐殺(=ホロコースト)は戦争の世紀と呼ばれた20世紀の歴史の中でもひときわ残虐で有名な出来事だろう。ナチズムの指導者だったヒトラーは歴史の中でも有数の大量殺戮を行った独裁者として有名だ。ヒトラーを題材にした映画は「ヒトラー 最期の12日間」や、「帰ってきたヒトラー」など、死後60年以上立っていても数年に一度のペースで作られる。(後者はヒトラーが現代の世の中に来たら、というようなコメディだが。)この中で”アウシュビッツ”という言葉は必ずと行っていいほど登場し、そこでナチスが行った虐殺=悪である、と語られる。一方で、最近のネオナチズムの勢力の一部は「ホロコーストはでっちあげだ」という主張をすることもある。本書の著者はホロコーストを生き延びた一人として自身の被害者側としての体験を再構成して本書にまとめることで、自身の主観的な歴史を世の中に残すために本書を書いたようだ。
 

著者について

本書の著者であるマイケル・ボーンスタインは4歳の頃にアウシュビッツの最年少の生存者として生還を果たした。ヒトラーが台頭したときにはまだ生まれておらず、ナチスによって町が征服されたあとに生まれ、幼少期をドイツの支配下のポーランドで過ごしたユダヤ人だ。ホロコーストにより自身の父親と兄弟、多くの親族、同郷のユダヤ人を失った過去を持つ。本人のその当時の記憶は曖昧であり、母親から聞いたエピソードをもとに本書を書いているという。
 
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幼い頃に体験した支配される生活

ある日ナチス率いるドイツ軍が著者が生まれた町を占拠した。ナチズムの名の下、ユダヤ人は家畜のように殺され、強制労働に従事する日々が始まる。著者の父親は街の名士であり、ドイツ軍の将校と町の仲介役を務めるようになる。父親の努力によりいくらかの町の住民の命は救われたが、結局町ごとユダヤ人は全員強制収容所へ移送させられることになる。町での虐殺をうまく逃れた家族だったが兵器の工場の強制労働施設に移住させられた後、最終的にはアウシュビッツへ全員が搬送され、父と兄弟はそこで命を落とす。当時幼児だった著者は母親や祖母の懸命の努力のおかげで餓死せずに過ごし、虐殺からも逃れることができ、ソ連軍がアウシュビッツに侵攻してくるまで命をつなぎとめることができた。なんとか生還したものの、家族を失い、家も財産も失ってしまったため、母と子はアメリカに渡り新たな生活を初めたところで終わる。
 

アウシュビッツでの厳しい生活

アウシュビッツで行われていた虐殺を見ると現実の世界は創作よりも激しいとさえ思える。大した理由もなくユダヤ人は強制収容所で命を奪われていった。銃殺、撲殺、ガス室での毒殺など、次から次へと運ばれるユダヤ人は殺された。死体を片付ける必要があるため、そのためにユダヤ人が働かされ、その働かされたユダヤ人も間もなく殺された。死骸の油から人間石鹸を作っていたという噂もあるようだが、それについてははっきりとした証拠は無いようだ。
 
戦争で侵略された側は征服者によりいとも簡単に蹂躙されるようになってしまう。かたや病人を救うために何千万円を費やすような世界が医療だとすれば、非征服者が虫けらのように扱われる世界が戦時には広がるのだろう。
 
著者は幼かったため通常であれば満足行く食事を得られずに餓死するところだったに違いない。しかし、母親がこっそり子供のスペースから連れ出し、わずかな配給を著者に分け与えることで生き延びることができた。途中、母親はアウシュビッツからさらに他の施設に移送されてしまったが、その役割は祖母が担うことでなんとかなった。ドイツ兵に見つかれば殺されてしまう状況だったようだが、幼い子供はとにかく兵の目に留まらないように隠れ続けることで命をつなぎとめていったようだ。もちろん保護者が殺されてしまえば幼い子供を世話する人もいないため生き延びるすべを失ってしまうだろうし、著者が半年間もの間アウシュビッツで生き延びたことは驚異的としか言いようがない。
 

最近のポピュリズムはヒトラーの再来をもたらすか?

2010年代後半のポピュリズムの台頭はある意味こうした時代背景と少し似ているようなところがあるように思う。仮想的な敵を作り上げることでデマゴーグ(煽動政治家)は民衆の人気を得て、少しずつ政治の表舞台に影響を及ぼし始めるようになっている。イデオロギーだけならまだ許せるものの、実際に行動に移されてしまえば被害を被る側はたまったものではない。
 
まだ地球上には独裁者は存在しているし、ヒトラーなんかはワイマール体制の民主主義国家から生まれた独裁者なので、別にヨーロッパのとある国で同じような独裁政権が誕生する可能性も無いとは言えない。単なるイデオロギーだけでなく経済格差や差別感情などがこうした動きを背後から助長しているのだとは思うが、あまり世界の流れも悪い方に向かわないことを願う。

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