ゲッベルスと私(ブルンヒルデ・ポムゼル, トーレ・D. ハンゼン)

Book
 
本書はブルンヒルデ・ポムゼルと呼ばれる高齢の女性のインタビューを基に構成されている。ポムゼルはナチス政権下のドイツ時代にヒトラーの右腕であったゲッベルスの秘書を務めていたおそらく最後の生き残りだ。彼女の視点から、彼女の幼少期、青春時代、ナチスへの入党、国営放送局を経てから宣伝省に移り、ゲッベルスの秘書として働いた頃が語られる。
 
先日ユダヤ側からの本を読んだので良い機会と思い本書を手にとって見たのだが、少し期待はずれのような印象だった。というのも、秘書としてナチスの中枢のかなり近くにいたと思われたポムゼルだったが、本書作成のためのインタビューでは、「私は何も知らなかった」、「私は関係ない」といった発言ばかりが目立つ。ユダヤの迫害などについてもベルリンに住んでいる限りでは何かが起こっていることには気づいていたようだが、まさか強制収容所で大量に虐殺されていたなんて想像もしなかったらしい。彼女の主張では彼女はナチスの中枢にはいたものの、むしろ普段彼女が見ていたゲッベルスはおとなしめな人間であり、民衆を演説で扇動していたような印象とは程遠かったようだ。結局本書はポムゼルの何の変哲も無い前半の半生を振り返ったような内容にとどまっている。
 
ところどころに話している内容に矛盾があるような印象もあり、実はもっと多くを知っているのかもしれない。しかし今となっては間違いを指摘できる人間も存命ではないし、何かを負っていたとして強制的に話をさせることはできない。
 
いずれにしても、ナチスが行った行為に加担していたことに自己肯定感を覚えるような人間は少なく、多くの生き残った人は自分は関係なかった、直接手を下したわけではない、と自分に言い聞かせながら余生を送ったのではないだろうか。もうナチスの中枢にいたような人物は存命していない。資料が新たに見つかれば新しいことがわかるかもしれないが、実際にあの時代に関わった人から新しい情報は得られなさそうだ。
 
本書でポムゼルが言及していたことで印象深かったのはやはり、昨今の情勢についてだ。ヨーロッパの右派が問題になっているようにドイツでもネオナチは一定の影響力を持っている。元ナチスのポムゼルでも一度あの悲劇を見た以上軽々しく同じような思想を行使しないことを願っているようだ。

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