フラット化する世界(トーマス・フリードマン)

Book
 
2000年代前半に書かれた、グローバリゼーションの時代を迎えたアメリカに警鐘を鳴らす本(邦訳書は2006年に発売)。インターネットが世界中に普及し始めた時代。光ファイバーでつながる高速なネットワークの導入は、割安な地域へのアウトソーシングという選択肢を米国企業にもたらした。インターネット時代の初期に特に心配された、知的労働のグローバル化の状況をみてアメリカが取るリーダーシップに警告する。本書が出て10年以上たっている現在、中国の猛烈な追い上げはあるものの、まだまだビジネスにおけるアメリカの優位は続く。本書が提示する課題にアメリカはうまく対処できたのだろうか?
 
  • インターネットが世界をつないだ結果、サービス業の労働力市場はグローバル化した。
  • 今後の経済の発達にはテクノロジーの発達が非常に重要。
  • 新興国では今後の成長に重要な教育に力を入れる一方で、全体として見たアメリカの教育水準は低いため将来の成長力が危ぶまれる。
 
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インターネットの時代

 
今やブロードバンドという言葉すら聞かなくなったが、1990年代にインターネットが世の中に登場してから数年、高速な通信網が世界中に張り巡らされた。本書が書かれた頃は「ブロードバンドを各家庭に!」といって日本でも各家庭にADSLや光ファイバーなどの高速なインターネット網が普及した。しかし、ブロードバンドが家庭に届く前から実は国家間の高速な通信網は密に広がっていた。
 
アメリカはビジネスのパートナーとして英語圏のインドに早いうちから目をつけていた。インド人は英語を話せるし、インドの高等教育を受けた学生は飛び抜けて優秀である。飛び抜けて優秀だったインドの学生は以前から先進国、特にアメリカなどに行き活躍していた。しかし、インターネットにより二国間がタイムレスに大量の情報をやり取りができるようになったことで、従来はできなかった知的労働のグローバル化が進んだ。わざわざ自国にまで移住する優秀な人材を高給で雇う必要性は少なくなった。後進国の安い賃金を使って同等のサービスを提供できるのであれば当然自国の高い労働力よりもそちらを優先する。インドではソフトウェアの開発やコールセンターなどの委託ビジネスが増えた。
 
こうしたインターネットなどがもたらしたグローバル化により世界の垣根が取り払われ世界のフラット化が進んだ。ベルリンの壁の崩壊、インターネットの普及、共同作業を可能にした新しいソフトウェア、コミュニティの力、アウトソーシング、オフショアリング、サプライチェーン、インソーシング、インフォーミング、テクノロジーを加速する力はフラット化を促進した。私も小さかったので昔のことは当時は理解していなかったが、1990年代はベルリンの壁が取り払われソ連が崩壊して世界の二極化が終わった後、テクノロジーの面で世界が急速に変貌しつつある時代だった。2000年ごろには日本でもインターネットは当たり前のように使われていた。
 
前述の要因は世界にグローバルな競技場をもたらし、ビジネス・個人が順応するとともにバリューの創出が水平な手段に依存するようになった。そしてグローバルな競技場と新しいビジネス手法によりさらに世界のフラット化が進んだ。それにより、中国やインドや旧ソ連のようにかつて西側世界に参加していなかったプレイヤーが参入して競合・共同作業をするようになった。この3つのプロセスを本書では三重の集束と呼んでいる。三重の集束は目覚ましくテクノロジーを進歩させた。
 

アメリカが直面した危機

 
世界がフラット化したことによってアメリカが直面したのは、グローバル化により後進国に仕事が渡る事でアメリカはどのように成長していけばよいのかということだった。安い工業製品の生産拠点はかつては日本、その後中国、現代ではさらに賃金が安い国々へと移転している。20世紀に工業生産で起こったのと同じ知的労働の移転が高い教育水準を誇る国に移動し始めていた。
 
この状況は別に10年以上たった今でも大きくは変わらない。「America First」を唱え2016年の大統領選挙で勝利を収めたドナルド・トランプ氏は、アメリカから富を奪っているように一見見えるこのような状況に対して壁を作ることで自国を守ろうとしている。
 
一方で、フリードマン氏の考えはこれとは異なっている。後進国が成長するためにトップランナーのマネをすることや仕事が移動することに対しては比較的寛容であり、あくまで自由主義の立場を貫く。だから当時の大統領であるブッシュ氏の先進技術に対する後進的な態度や保護的な政策を批判する。
 
フリードマン氏が考える成長のエンジンになるのは高度な科学・工業分野の知識であり、これらにドライブを受けたイマジネーション、新しい技術こそが経済のトップランナーの成長を牽引していくという。要するに既存のビジネスを行うだけでなくイノベーションが非常に重要だと考えている。
 
本書では特に東アジアの国々の教育水準が高いことや、特に高等教育を受けた中国人がアメリカに進出してきていたことなどの状況から、アメリカ人の教育水準の今後に悲観的だった。
 
特に本書が書かれた頃は2001年の同時多発テロが起きた直後でアルカイダやウサマ・ビンラディンなどとの対立が深まり、イラクとの戦争の真っ只中だった。アメリカの経済は停滞期にあった。テクノロジーを称賛しつつもアメリカの先行きに悲観的だったのはまさに世相を反映したものだろう。

あれから15年

 
本書が世の中に出て15年。本書で注目された技術は確かに世の中に浸透してより強固なインフラになった。あの頃に注目されていた新技術はほとんどが順調な成長を遂げた。驚くべきことに、デジタル技術やコンピューターサイエンスについては当時想像されていた以上の進化を遂げている。
 
スマートフォンの原型のようなものが本書でも紹介されているが、明らかに現代のスマートフォンは当時の想像を超えるほどに普及して、便利になっている。イノベーションを進める存在として本書でも称賛されていたSteve Jobsは2011年に亡くなってしまったが、スマートフォンでつながる世界は活力をまして広がっている。
 
また、本書では全く出てきていないFacebookは今や世界中に広がり、世界中の人と人をつなぎ、インターネット上のコミュニティはより複雑、広範に広がるようになった。SNSの力はリビアでの革命や中国の雨傘運動など、政治に関わる運動の原動力にもなっている。インターネットでつながった個の力が集まることで国の形態にまで大きく影響を与えるようになった。
 
本書で大きく取り上げられた後進国へのアウトソーシングすらもコンピュータサイエンスの発達は脅かす。確かに、2000年代前半にいわゆるサービス業が賃金が安い国々にアウトソーシングされるようになった。しかし今ミドルクラス以下を今最も脅かしているのはAIやロボットを始めとする新しい技術だろう。アルゴリズムにより自動化された仕事が大量のマネーを生む原動力となりFacebookやGoogleは巨大企業にのし上がった。AIは知的労働の代替を、ロボット技術は単純作業の代替を安い賃金の国々よりもうまくこなすかもしれない。能力で対抗ができないのであればこのような労働はコモディティ化して人間の労働力はさらに安くなる可能性がある。このコンピュータサイエンス革命の震源地は間違いなくアメリカであり、アメリカは世界をリードし続けている。
 
米国の有力企業では本書でも注目されていた高度な教育を受けた人材を吸収して更に成長している。こうして富裕層と貧困層の差が更に拡大しているのが現代である。
 
皮肉なことに、本書で警鐘を鳴らしていたアメリカの教育問題は事実だったし、アメリカはトップ人材を輩出することには成功したが、かえってそれは国内の格差をさらに広げている。国の経済としては今の所勝者でありつづけているが、本書が指摘した問題点にうまく対処できているのかは疑問だ。結果として生まれた構図が us vs them なわけで、現在の情勢については先日紹介したIan Bremmer氏の著書などを読んでほしい。

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