キャピタルゲイン課税は複利効果にどれほど影響するのか?

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はじめに

先日、政治関連で、株式の譲渡益に対する課税、いわゆるキャピタルゲイン課税の税率を上げることが話題になっていました。日本は2021年9月現在はこの税率は申告分離課税が適用されれば約20%程度です。

20%という数字が大きいか小さいかの感覚は収入によっても異なるかもしれませんが、収入が多い人では総合課税で半分程度の所得を税金に取られることから考えると、株式投資をする層の中では比較的低めの税率というような認識が多いように思います。

ここで、話題になった、「税率を20%から30%に引き上げる」という政策の変更があったときに、投資行動ごとの有利不利は変わるのか?というのが気になりました。

直感的に考えれば、税率(以降、キャピタルゲインへの税率を基本的には意味します)が上がれば、売買をして利益を出すと一定の割合が税金に取られるため、トレードで得た差額に比べて再投資に回せる分が少なくなると思われます。逆に売買を一切しない投資家はキャピタルゲインへの課税を途中で受けることが無いため、福利の効果が高くなると考えられます。このことから、税率が高くなるほどトレードの戦略よりもバイ・アンド・ホールドの戦略が有利になるのでは?と考えられます。

一方で、全く売買をしない場合に、勝ち組の株の比率が高まり、負け組の株の比率が低くなります。この結果分散効果が低くなり、個別株単体のリスクが顕在化することで、リスクの上昇に繋がる事が考えられます。また、リバランスを行わないことで、割安に売られていた株の平均への回帰の恩恵が相対的に小さくなるような可能性も考えられます。

税率の変化がそれぞれの戦略に対して有利・不利のどちらかに働くのかはほぼ自明ではありますが、定量的に、トレードを行うのと、バイ・アンド・ホールドの戦略それぞれに対する税率の影響が実際のところどの程度あるのかを検証してみることにしました。

個別株のデータはバイアスや理解できていない価格変動の影響も多く受けましたが、いくつかの洞察がえられました。まず、分散+リバランスはおそらくリターンを押し上げる効果があると思われ、税率が低ければリバランスを行ったほうが良いだろう、ということです。そして、税率が高い場合は売買を控えるほうが有利になる、ということです。以下では検証方法や得られた結果を見ていきます。

インデックスのバイ・アンド・ホールド

ウォール街のランダム・ウォーカーや、敗者のゲーム、投資は勝者のゲームなどのインデックス投資派の著書は全てインデックス投資の有利な点を主張します。特に大事な点は、アクティブな投資にはコストがかさむということでしょうか。また、これらの書籍で主にやり玉に上がっているのは、アクティブに売買を行う投資信託です。投資信託の運用者に支払う報酬が高いことが結果的にこれらのアクティブファンドの長期リターンを押し下げることが指摘され、長期に市場インデックスを上回るアクティブファンドの数が非常に少ない問題点が明らかにされます。

結果的にこれらの本はインデックスファンドが効率的な分散を実現して、個別株に対するリスクの低減と、長期的に安定した高いリターンを低いコストで実現すると主張します。私も同感で、よほど投資の分析が好きな人でもなければインデックスファンド(コストの低下に伴い投資信託でもETFでもどっちでも良いと思う)を買って放置するのが大多数の投資家にとっての最適解だと思います。

一方で、ウォーレンバフェットやジョージ・ソロス、ルネッサンスのクオンツファンドなど、長期に渡って市場をアウトパフォームすることができる人もいるのも事実です。これらの人々は「たまたま」と言うにはあまりにも起こり得ない確率の事象を体現しているため、市場には学問のファイナンスが扱うほどの効率性は無いとも思われます。このため一攫千金を求めて個別株の取引をする人は今後もいなくなることは無いと思われます。

さて、ここから検証する対象は、老後の資産を形成するために個別株の取引を行う個人投資家を想定しています。以下の前提条件を元に検証を勧めていきます。
・個別株のバイ・アンド・ホールド戦略と、一定の割合で毎年ポートフォリオを組み替える戦略(トレード戦略)のリターンを比較する。
・100%の資金を株式に投資し続ける。また、売買は株価に影響しない。
・キャピタルゲインへの課税は考慮するが、配当に対する課税や売買に伴うコスト、また損益通算のことは考慮しない。
・20年間の運用を行い、その結果を比較する。結果としては、運用資産を全て現金化したときに手元に残る資金と、運用資産を売却しなかった場合の資産規模、の2つを試算する。

配当課税については今回2つの比較においてあまり意味をなさないためモデルに組み入れていません。売買コストは無視できませんが、考慮した場合はトレード戦略にとってマイナスに働くと思われます。また、損益通算については、考慮した場合はトレード戦略にとってプラスに働くと思われます。

結果について2つの指標を参考にする理由としては、運用資産の売却を行わない場合では、バイ・アンド・ホールド戦略に一切のキャピタルゲイン課税がかからないため、比較が不公平になると考えたためです。老後に資金を取り崩す場合は現金化の際に税金がかかるため、可処分所得ベースでの比較は一回現金化したもので比較するのが良いと思います。一方で、増えた配当を生活資金に回す場合は一度も売却すること無く配当金をもらうことができるため、現金化しなかった場合の資産規模も考慮することにしました。

シミュレーション方法を考える

株式のリターンとして何を使うか?

実はこれまでのブログでは個別株のリターンについての分析はしてきませんでした。株価はランダムウォークする、とはよく言いますが、個別株については指数に比べるとそこまで効率的でないような印象もあります。データの分析のため、個人的にデータベースを作っているのですが、今回はその株価データベース(S&P500, S&P400, S&P600, ラッセル指数)に含まれた株式の値動きのデータを利用することにしました。

また、当初、この分析を行う前に、個別株のトレードをする人のうち、何%がインデックス投資に勝てるのか、ということを検証したかったのですが、現在得られる個別株のデータは、「今も企業が存続して指数に組み入れられている」、という生存バイアスに満ちたものなので、現在存在しない衰退した企業も一部に含んでいたインデックス投資とは比較不可能なことが解析中にわかりました。

ちなみにどういうことかと言うと、現在取得可能なS&P500の配当込みのリターンを1930年から計算すると年率リターン(幾何リターン)は約6.1%/年です。大恐慌を省いて1950年からのリターンは約7.7%/年でした。また、個別株のデータと比較しやすかった1990年以降のリターンは7.5%/年でした。算術平均のリターンであれば、ある1年に平均して9%のリターンを上げるものの、標準偏差(ばらつき)が15%程度あります。

一方で、データベースにある個別株の株価(これは一般にYahoo Financeなどで取得できるものと同じ)は生存バイアスの影響を受けているせいか、ランダムに2000銘柄選んでその上場時から現在までのリターンを計算すると、平均して8.8%/年という高いリターンでした。上場してから株価が伸びた企業ばかりが対象なのである程度しかたないですが、そもそものリターン期待値が違いすぎるため、インデックス投資との比較は不可能です。また、本解析での個別株リターンは、「リターンを上げ続ける存続する企業のみを選べたかなり優秀な投資家によるリターン」だと思ってください。なお、この個別株では算術平均リターンは15%で標準偏差が40%で、非常にばらつきが大きいデータになります。

個別株のリターン

さて、個別株の配当込みリターンとして2000企業の約30年分、のべ30000年・株分のデータを取得しました。さきほどにも述べたとおり、1年のリターンには非常に幅があり、平均して15.8%のリターンとなっていますが、下位2.5%は-54%、上位2.5%は+122%のリターンで非常にばらつきがあります。下は横軸に対数リターン(自然対数、0が値動きなし)、縦軸にサンプル数をとったグラフです。対数正規分布のグラフに比べると、プラスの方向に歪み、中央が高く尖っています。また、裾野が広いグラフです。

また、この延べ3万年分の配当込みリターンの中で、連続した20年のリターンが得られるサンプルのみを抽出して、その20年累積リターンを計算してみました。すると、平均して+1100%のリターン(中央値は+594%)が得られていました。一方で下位2.5%は-39%、上位2.5%は+5900%という結果になりました。大分上振れしていますが、20年生き残って指数に組み入れられているというだけでかなりの優良株だということは重ね重ね強調しておきます。先ほどと同じようにヒストグラムになおして横軸に対数リターン、縦軸にサンプル数を取ると以下のような分布になります。

サンプリング

さて、このデータを元に、年間の個別株の値動きを生成して、20年のトータルリターンを再現してみようと思ったのですが、全く上手く行きません。詳細は省きますが、ランダムに年間のリターンを並べると20年のトータルリターンは-80%〜+11700%というように実際よりもより幅が広くなってしまうことがわかりました。ランダムな動きよりも実際のリターンは、より収束しているということから考えられることとしては以下があります。
1. 個別株のリターンは1年単位で見ると極端な値を取りやすいが、その後は相対的に低いリターンになったりする傾向がある(平均への回帰)
2.実際に極端な値に触れそうな株は買収されたり上場廃止になっている可能性がある(選択バイアス)

いわゆるモンテカルロシミュレーションで個別株の取引をシミュレーションすると結果のばらつきが大きくなりそうなので、1. 20年の連続したリターンのデータが得られるサンプルのみからサンプルを抽出する、2. サンプリングによって得たデータをサンプルに適合するように調整する。といった2つのサンプリング手法を使って検証を行いました。結果はほぼ違いがなかったため、2の方法で得られた結果を見ていきます。ほぼ無限の組み合わせの個別株のリターンが生成できるのですが、この個別株の20年のリターンは-40%〜+6000%と、ほぼ母集団に等し分布が得られました。

売買のシミュレーション

売買にあたっては10銘柄で均等なポートフォリオを組成することから始めます。

バイ・アンド・ホールド戦略ではポートフォリオを構築した後20年間保有し続けます。途中で売ったり追加資金も投入しません。

トレード戦略では一定の確率でポートフォリオを年末に売って新たな株を買い付けるという行動を取り続けます。平均して回転率が10%、50%、100%の場合について検証しています。このとき、売却益が出ていれば課税されて、残った金額で新たな買付けを行います。2銘柄売ったら残金を等分して2銘柄買い付けていく、ということを繰り返します。税金によって複利効果が下がるわけです。課税率は0%〜50%の場合を検証しました。

どちらも配当への税率は考慮していないのと、トレード戦略では日本では損益通算による税金の軽減が図れますがそれはシミュレーションモデルには組み込んでいません。2つの戦略を公平に比較するために、トレード戦略でもバイ・アンド・ホールドでも、投資先の資産の値動きは等しいことを想定します。

トレード戦略では途中で買付を行う関係で、取得価格はバイ・アンド・ホールドよりも高くなります。このため、20年後に売却した際の売却益はトレード戦略の方が低くなります。もし一括で現金化するとした場合にはその影響もあるため、最終リターンとしては、最終売却によるキャピタルゲイン課税を考慮したものと、最終売却を行わなかった場合の2通りを考えています。各々の戦略を1000人の個人投資家にやってもらって中央値を見ていきます。

シミュレーションの結果

回転率10%のときのトータルリターン

毎年資産の約10%を入れ替えた場合(回転率=ターンオーバー率)から見ていきます。重ね重ね、投資先の企業のリターンが高いため、シミュレーション通り資産が増えるわけでは無いことに注意してください。横軸に税率、縦軸に20年間のリターンを示しています。

最終課税あり・なしで比較すると、バイ・アンド・ホールド(BoH)では課税率が増えるほど最終課税ありの場合のリターンが減っていく一方で、最終売却がなければほぼ一定のリターンが得られることに注意してみてください。一方で、トレード戦略はキャピタルゲイン課税による福利の減少効果が見られるため、最終的な売却の有無に関わらず課税率が高くなるにつれてリターンが減っていきます。ただし、リバランスを行う事によるリターンの押上げ効果が今回のシミュレーションでは見られました。結果的に、最終的に売却を行う前では、課税率が10%未満であればトレード(リバランス)が有利ですが、それ以上だとバイ・アンド・ホールドが有利になりました。売却後の課税率を考慮すると、トレードは課税率が25〜30%まででは有利ですが、それ以上の課税率になるとバイ・アンド・ホールドが有利になりました。

回転率50%のときのトータルリターン

さらに回転率が上がった場合を考えます。毎年半分の資産を売却してリバランスしていく戦略では、売却前の資産規模では20%が勝負の分かれ目になりました。一方、売却後の課税を考慮すると35%ほどが勝負の分かれ目になりました。どちらも課税率が低ければリバランスをした方がよく、課税率が高ければバイ・アンド・ホールドが良いということになります。

回転率100%のときのトータルリターン

毎年全資産を入れ替えていく場合はどうでしょうか。この場合、トレードをしていくと毎年取得価格が上がっていくため、最終的に現金化する・しないではリターンは変化しません。ここで、バイ・アンド・ホールドとの最終リターンの分かれ目は、売却しない場合は税率約20%、売却後では30-35%程度のところになりました。

売るべきか、売らざるべきか?

バフェットはバイ・アンド・ホールド!!!のように神聖視されているバイ・アンド・ホールドの戦略と、分散とリバランスは大事!!!とずっと強調されている両者の比較をしてきました。

まず、当初から予想されている通り、税率が高くなれば高くなるほど、バイ・アンド・ホールドの戦略が有利になります。途中で課税されないため、複利の効果がより高くなります。最終的に配当で生活したいということであれば、ずっと売却による課税の影響を受けないため、長期に投資し続けられる優良企業を見つけられる自身がある方は、バイ・アンド・ホールドを選ぶのが良いかもしれません。

もう一つ、このシミュレーションからは、税金を考慮しない場合、個別株は売却してリバランスするとリターンを押し上げる結果になったことが、どちらかというと一番驚きでした。これは生成データだけでなく、実データでも同じ傾向が見られています。

当初の株価の分析でも見たとおり、個別株のリターンの分布はランダムウォークからかけ離れた性質があるようです。値下がり過ぎた株はあるべき株価に回帰していく、だとか、モメンタムが乗った株はあるべき株価を超えて大きく上昇しやすい、といった条件があるとこの傾向には説明がつきます。また、これらの性質は、一定のタイミングでのリバランスを行うことが下落を避けたり割安株を購入することに繋がりリターンを底上げするものと考えられます。

なお、今回使用した株式のデータはあえて相関が無いものを使用しています。実際、リスクパリティについての解説(https://investresolve.com/maximizing-the-rebalancing-premium-why-risk-parity-portfolios-are-much-greater-than-the-sum-of-their-parts/)を見てみると、リバランスのみで1〜3%のリターンのプレミアムが得られるようです。今回も同じような理由でトレードに伴うリバランスがリターンを押し上げたのでしょう。実際には株式のβが高い場合、経済危機などでポートフォリオ全体が下落する可能性も高いため、これほど強いリバランスの効果は得られないでしょう。

また、シミュレーションのリターンはサンプルのバイアスの影響を受けており、インデックス投資よりも大分高いリターンになっています。同じ期間でのインデックス投資では税金考慮なしでもせいぜい+360%程度のリターンです。なので、このシミュレーションは選択した株価リターンにバイアスがあり、必ずしも似たような結果にならないかもしれません。

実際、シミュレーションに使ったような優良企業を選ぶことは難しいと考えられるため、何も考えずにインデックスファンドに投資すればバイ・アンド・ホールドと同じようにキャピタルゲインに課税されることもない上に、リバランスの恩恵も受けられるわけですから、美味しいとこどりなのでは?という気もします。

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