「学力」の経済学(中室牧子)

 

「学力」の経済学

「学力」の経済学

 

  

近年よく売れている本。いろいろな書店で平積みにされているのをされているのをみます。本書は教育をサイエンティフィックな視点からみてどういった手法が子供を伸ばすのかということ、また、後半では政策的な面からも効率的な教育について書かれている。

 

◯ 良い教育の評価の方法
良い教育か悪い教育かを判断するには、経験を積んだ教育者の一家言だけでは不十分である。「サイエンティフィック」に教育を探求するには、その手法についても理解しなくてはならない。重要なのは、「因果関係」にある事柄を「数値化」して評価するということ。Aという介入を行ったから子供の将来の年収が増えた。というように。ただ、本当に2つの事柄が因果の関係にあるのか?実は同じように変化するだけの関係性があるだけじゃないのか?第三の因子が目に見えず介在していないのか?といった事にも注意する必要がある。そして、例えば「少人数学級」の効果を評価するときには、当然大人数学級との評価も合わせてしなくてはならないし、「少人数学級に入れる親はもともと教育熱心」といった影響も取り除かなくてはならない。

 

◯従来正しいと思われていた事を評価してみると
教育に対するごほうびや、褒める事、テレビからの悪影響など、従来より指摘されていた事を改めて評価すると新しい側面が見えてくる。実際に研究してみると、努力した量に応じてご褒美をあげる事は子供の学力を伸ばすし、ただ褒めて自尊心を高めるだけでは子供のやる気をくじいてしまい効果がない、テレビやゲームも息抜きのための1時間程度であれば悪影響は無いと考えられている、など、従来の常識とは実際は異なる可能性がある。日本でPTAがなんとなく声高に叫んでいる教育方針なんかは、全くエビデンスに基づかない事が多いのでは無いか、といった印象を受けた。物事は適切な評価方法を行って確認していかなくてはならない。

 

◯環境による教育への影響
悪い地域に暮らし、悪友が多い学校に通う子供は本来の才能を発揮できずに足を引っ張られがちとなる。子供は周りの知性と並行して自らの知性を変化させてしまう。良い環境に行くだけでその子の才能は伸ばされる可能性がある。ただ、優秀な子の周りにいる人たちが全員優秀になるわけではなく、レベルが高すぎる環境に行く事はメリットにはならない可能性がある。習熟度別学級は学力を伸ばすのにはプラスに作用する可能性がある。前述の悪い地域にいる子には引越しという手段が効果を発揮する。
こういった事実を見ていると、日本の親たちがこぞって中学受験に子供を参加させていい中高、いい大学へと進学を進めていくのはもっともな事なのかもしれない。背伸びをしすぎるのはいけないとしても、いい環境にいる事で子供の才能はより伸ばされる可能性が高くなるのだろう。本書の後半に触れられている事だが、学歴を伸ばすメリットについて情報を親たちに伝えるということは実は低いコストで子供の才能を伸ばす事ができる政策にもなるという。
しかし、実際にはいい環境へ引越すことにはある程度資産が必要になるし、いい学校へ行かせるための塾の学費もバカにならないのが実情だろうと思う。

 

◯投資効果としての教育
本書ではコストに対してのエフェクト、教育においては、かけたお金が子供の収入などの形としてどの程度のリターンを生むかについても言及している。教育は投資で言えば7%程度のリターンを望む事ができる高収益の投資に値する。特にその投資効果は子供が小さい時に行うほど将来的に効果を生む。その効果は単なる学力、つまり認知能力にではなく、特に非認知スキルに対しての大きい。非認知スキルとは、忍耐力・社会性・意欲といった気質や性格の特徴である。継続や反復で自制心を、心の持ち方を形成することでやり抜く力を身につけさせることが子供の将来に役に立つ。しつけも非認知スキルを伸ばす大事な教育になる。

 

◯教育の費用対効果
いろいろやればやるだけいいというわけでもなく、かけた費用に対して期待できる効果も国の立場からすれば重要である。特に、日本は他国によりも教育費用が少ない。このため、限られた予算からより高い効果を生む、質を高める政策が必要になる。少人数学級なんかは実はかかるコストに対して生む効果が少ない手法にである。上述の情報提供の方がコストエフェクティブネスには勝っている。日本の政策には学力評価テストや週休2日制で生まれた教育格差、平等を過度に意識させることなど、あまり優れた効果を生まないものもあった。本書で述べられた質を高めることへの提案としては、教員の質を高める、ということがある。教育研修なんかはあまり効果が無いのだから優秀な人材が教育分野により流れるように教員免許の縛りを緩くするなどの施策への効果の期待があるようだ。

 

本書は割と軽めの本なのですっきりと読み切ることができる。その中で様々な教育関係の研究が紹介されており、とても参考にはなる本だと思う。ただ、本書はあくまで全体の傾向の話であって、個別の事例に対応したものでは無い事は心の片隅に置いた方が良いと思う。いくら早期の教育に効果が期待できるからといって子供が嫌がる中押しつけるような教育は逆効果になるような印象がある。もっともそれもエビデンスなき主張であるが。世界の中で相対的に衰退しつつある日本も今後もっと確固たる効果を望める教育を展開しつつ世界で戦える人材をどんどんと育てていってほしいものだ。

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